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マエセツ
後ろを見れば、きっと忘れたことばかりが並んでいて。
累々たる有り様に何故かそれが自分のものであると認識するのにラグが出そうな印象がある。
切り離して見えなくなったそれが、まるで抜け殻だと思ってしまうと、それを勿体ないと思うのか懐かしいと感じるのか、それとも汚いと拒むのか。
なんにせよ、そこに刻んである記憶なんてものも容易く捨てられる程度のものでしかなく、いつしか意識に登ることもなくなったそれらは、それでも人生にこびりついていることをどこかで思い返す必要がある。
「伏線っていうけど、実際はしっぺ返しなんていう方が近いのかもしれないね」
「示唆とか予感とか、そういうものよりかは納得のいく理由か」
「そうそう。わたしなんてそういうのが数えきれないくらいだよ」
この人ならそう言うだろう。
そしてその言いように反論できる部分が、僕のたかだか十五年の人生ではあげつらうこともできやしない。
数千年生きてきた気分ってどんなもんなんだ、以前に聞いたこともあったけれど。
「……えー? 気分って、そんな大層なものはないよ。生きている気分なんて、その日その日で変わるでしょ?」
天気のように移り変わり、一定にはならない。
それでも大まかな流れくらいはありそうなものだと反駁してみたら。
「んー、そうは言うけど。昔の地球は気温が五度くらい低かった話する? 教訓なんて言っちゃうと、温暖化なんか大した問題じゃない、って陳腐な結論になるだけだけど」
「ええと」
「そんで、そんなことはわたしが生まれる前からずーっと同じこと言われてただけなんだよね」
共通する箴言なんてとうの昔に遺されていて。
それが後世の人物に突き刺さるだけ。
その程度の繰り返し。
本当か、と疑えど。
「だって、この世界は螺旋階段だもの」
その意味はよく分からなかった。でも、言いたいことが少し読める。
無意識のうちに自分の足元を確認した。立っている地面の下に、何かを見るように。
そこに忘れてきた何かを探すように。
思いもしない場面で、足首を掴まれやしないかと恐ろしくて、時折振り返るようになったのは、それが原因だったのかも知れなかった。
「自分からは、逃げられないよ。どこまで行ってもその身体に刻まれている年輪なんだから」
本当に捨て去るのなら、個体に関わるすべてを消すくらいしかできない。
自殺(ロスト)じゃあない。
存在の抹消(デリート)だよ。
「…………、なんか嫌な言い方だな」
「人を玩具みたいに捉えている、ってよく言われたよ」
でも、そんなもんじゃない?
掠れた眼で彼女は言う。
それを嫌って関わった全ての人を記録にして残しているこの人が、そう言ってしまうからこそ、その言葉には一定の実感を覚えたのだ。
「そうしたらしたで、記録それ自体が重荷になってきてるんだけどね」
執着しちゃうよ。
そういう伏線を、自分で張っただけなんだけど。
それでも彼女は、哀しそうだった。
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