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亡国の「たらいまわし王女」の始まりはずっと年上の夫からの超溺愛
「チカ、ぜったいにしあわせにする。この世のどんなしあわせ者より、ずっとずっとしあわせにする。そして、愛をいっぱいいっぱい注ぐ。愛して愛して愛しまくる。重いと思われようとチカがおれを嫌いになろうと、おれは生涯きみだけを愛し続ける。それから、何よりも大切にする。いつもやさしくするし、気を遣う。どんなことからも守るし、かばいもする」
そして、また抱きしめられた。今度は、先程とは違ってやわらかく。ちゃんと加減してくれている。
「チカ、心から愛している。全身全霊をもってきみを愛している」
抱きしめられたまま、皇帝はささやき続けた。
「義母上。これでおれも義母上を慕えます」
「義母上。陛下、いえ、父ともども義母上を大切にし、守ります」
「お義母様のことは、わたしたちにお任せ下さい」
「お義母様。ほんとうの娘以上に大切にしますから、覚悟なさって下さいね」
これまで家族に縁のなかった亡国の王女のわたしがたらいまわしにされた挙句、行き着いた先。
それがここ。ここが終着地点。そして、ここが出発地点。
二十五歳離れた夫。それから、三歳年長の双子の義理の息子たちとその嫁たち。
夫は「獅子帝」と異名を持つ大国の皇帝であり大将軍。義理の息子たちは大国の強軍の参謀と副将軍。その嫁たちは暗殺専門の諜報員。
すごすぎる家族だわ。すごすぎてピンとこない。
だけど、家族にかわりはない。
無為で無感情で無知で、人生を諦観していた。終わりだと思っていた。
これが、そんなわたしの溺愛人生の始まりだった。
十日ほど前
「あー、だれだったかな?」
「チカ、でございます」
「チカだと? そうか、チカというのか。とりあえずチカ、おまえを離縁する。ああ、そんな悲しそうな顔をするな。心配しなくとも、ちゃんと再婚相手は見つけている。バーデン帝国の皇帝だ。さっさと荷物をまとめ、とっとと旅立て」
久しぶりに、国王ヴァルター・プライスに呼ばれた。彼と顔を合わせたのも話しかけられたのも、わたしがなんとかという国からこの王宮にやって来たとき以来のような気がする。
十二人いる側妃の中で最下位のわたしは、一度だって名前を呼ばれたことはなかった。
たったいま、初めて名を呼ばれた。
彼は側近に耳うちされて、わたしの名を知ったみたい。
そして、彼はわたしを最初で最後に呼んだ。
というか、離縁?
離縁されるような関係でもなかったのに。
「陛下、承知いたしました」
玉座に向かって神妙に頭を下げながら、とんでもないことに気がついた。
わたしも彼の名を知らない、ということに。
とりあえず、またわたしはたらいまわしにされるということね。
このルーベン王国から、つぎなる国へまわされることになってしまった。
つぎの国は、バーデン帝国らしい。
しょせん、わたしはたらいまわしにされている亡国の王女。生まれ育った国は弱小国。自分でも言うのもなんだけど、わたしの血に価値などない。
それでも、わたしの外見や内面が申し分がなく、頭がよくって空気を読めるのであれば、まだ置いてくれた国があったかもしれない。
厳密には、国王や王太子、あるいは皇帝や皇太子が。もしくは公爵や将軍や宰相といった、上流貴族や階級の人たち。
残念ながら、わたしはそうではない。
黒髪で黒い瞳は、不吉の象徴だとどこでも嫌がられる。それ以外でも、ちんちくりんでメガネをかけている。「メガネザル」と呼ばれ、蔑みと嘲笑の的になる。自分を守る為に演じていることもるけれど、性格は最悪って思われている。それを言うなら、バカに見せているし、空気だって読まない。
つまり、自分からこういう状況を作り出しているということもある。
どうせどこの国も、わたしの扱いは同じようなもの。だから、定期的に移った方がいいのかもしれない。
わたし自身、飽きてくるし。
というわけで、今回も早々にお払い箱になった。そして、次なる国へ行くわけだけど……。
今回は、なぜか事前に調べておきたくなった。
なぜかはわからない。
虫の知らせ、というのかしら? それとも、二十二歳の誕生日を前にそろそろ定住したいと心のどこかで望んでいるからかしら。
とはいえ、このルーベン王国にも気安い人は一人もいない。
かろうじて、国王陛下の十一番目の側妃と挨拶を交わすくらい。
ちなみに、わたしは十二人いる側妃の内の十二番目である。
どうせここからいなくなるんだし、ダメもとで尋ねてみよう。
十一番目の側妃に、バーデン帝国の皇帝の人となりや皇族、それから帝国のことを尋ねてみた。
すると、マーヤという名の十一番目の側妃は、頭がよくて気さくなレディであることがわかった。彼女の父親が外務卿の補佐官をしているらしく、バーデン帝国のことをよく知っているという。
バーテン帝国の皇帝の名は、ラインハルト・ザックス。金色の髪と瞳を持っていることと、その気性の荒さから「獅子帝」と呼ばれているらしい。彼は、大の女性嫌いとか。だから、皇帝となる為に政略結婚をしたという。だけど政略結婚をした皇妃は、双子の皇子をもうけた直後に亡くなったらしい。皇帝は、それ以来独り者らしい。
彼の双子の皇子たちは、二人ともすでに結婚しているとか。双子の皇子は二十五歳。彼らは、「獅子帝」が二十二歳のときの子どもだとか。
ということは、皇帝はわたしより二十五歳上?しかも、大の女性嫌いだなんて。
双子の皇子のどちらかに嫁ぐならまだしも、二十五歳も上の皇帝に嫁ぐわけ?
さらには、最近は皇太子を決めるとかで双子の皇子たちはバッチバチの状態らしい。それぞれの皇太子妃や後ろ盾も交え、熾烈な戦いを繰り広げているとか。
これはもう、ツッコミどころ満載すぎる環境だわ……。
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