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妻になって下さい
だまされたとかごまかされたなどとは思わない。クラウスという存在は、わたしにとってプラスにしか作用しなかったのだから。
正直なところ、もしも最初から皇帝と言われれば、はたしてこのような気持ちになったかはわからない。
クラウスという存在があったからこそ、こうして自分の気持ちを語ることが出来ている。
そのようなことを、支離滅裂状態で語り終えた。
皇帝だけでなく、ジークたちも辛抱強くきいてくれている。
と思いきや、皇帝とジークとシュッツの目尻に涙がたまっていることに気がついた。
「三人とも感激屋なのです」
「それはもう手の施しようがないほどです」
リタとゾフィがこっそり、というには当人たちにきこえる程度の声量で教えてくれた。
そういえば、以前にも同じようなことがあったような気がするわね。
「さぁ、陛下。それからジークとシュッツも、涙を拭って鼻をチーンして下さいな」
ゾフィが言い、リタと二人でハンカチを渡すと、三人とも素直に涙を拭った後に鼻をチーンした。
って、鼻をチーン?
バーデン帝国って面白い表現をするのね。
「要領を得ないことばかり申しあげました。わたしも陛下と同じですね。まわりくどいことを言わず、ストレートに伝えればよかったのです」
軽く息を吸い込むと、再度口を開こうとした。
「チカ」
皇帝が両手をがっしり握ってきた。あまりのがっしりさに、開きかけた口が閉じてしまった。
「おれは、きみよりずっと年上だ。それに、でかくて生意気なわりには不甲斐ない息子たちと、美しくて強すぎる娘たちがいる。だが、想いは、愛は若い者には負けやしない。いいや。このおれのきみへの愛の強さと深さと大きさは、だれにもどんな奴にもぜったいに負けない。きみをぜったいにしあわせにするし、寂しい思いをさせない。まぁ、少しだけ苦労はさせるかもしれないが。それも、気にならないほどの愛と情熱とやさしさと金貨と地位でカバーする。だから、だから、妻になってくれ。いや、妻になって欲しい」
がっしり握られている両手は、握られすぎて真っ白になっている。しかも、ぶんぶんと音がするほどの勢いで上下に振られている。それこそ、両腕が肩からもげてしまいそうなほど激しい振られている。
わたし、もしかして体力がなさすぎなの? もしかして、体力をつけなきゃいけないわけ?
腕だけでなく全身上下に振られながら、いろいろ考えさせられてしまう。
だけど、必要なら体力つけてみせるわ。
「陛下、答えるまでもありません。というか、あの、ぶんぶんを少しやわらげていただけないでしょうか? 舌を噛んでしまいそうです」
「ああ、すまない」
彼は、すぐにやめてくれた。
「その、そもそも陛下に嫁ぐつもりでした。それは、いまでもかわりません。最初は、嫁がねばならないから嫁ぐつもりだったのです。ですが、いまは嫁ぎたいと思っています。心からそう思っています。ですから陛下、そんなにがんばらないで下さい。わたしは、多くを望みません。望めばバチがあたります」
「……」
わたしの手から彼の手が離れた。彼は、金色の瞳の目をパチクリさせている。
「わお! 陛下、よかったですね」
「おめでとうございます」
「陛下、心よりお祝い申し上げます」
「陛下、安心しました。ほんとうによかった」
ジークとリタとゾフィとシュッツが同時に声をかけたけれど、皇帝はボーッとしたまま反応がない。
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