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めがねレディ
「陛下? 陛下、大丈夫ですか?」
「陛下っ、盛大にお茶をふきだして。すぐに拭きますから、じっとしていて下さい」
シュッツとゾフィが慌ただしく動いているみたい。
「陛下、火傷をされませんでしたか?」
皇帝にお茶をふきださせたのは、わたしのせいだわ。彼は、わたしのとんでもない顔に驚いたに違いない。
「ダメだ、ダメだ」
すると、皇帝が猛烈に拒否しはじめた。
「チカ、た、頼むから、頼むからすぐにメガネをかけてくれ。これ以上、おれは、おれは耐えられそうにない」
やはり……。
わたしの顔って、ほんのわずかの間でも見るに耐えないほどひどいのね。
「は、はい、陛下。これでいかがでしょうか? ご不快な思いをさせてしまって失礼いたしました」
「ご不快? い、いや、チカ。そ、それは違う……」
「お義母様、視力の改善方法があるかもしれませんよ」
「リタの言う通りです。少しでもよくなれば、鏡の中のご自身が見えるようになります。是非とも見ていただきたいわ」
「そうだよな。もったいなさすぎる。目の医師に、改善するよう頼んでみる」
「ああ、シュッツ。そうしよう。それにしても、すごすぎる。陛下は、これでますますダメだな」
ええええっ?
そこまでひどいなんて。
これは、「どうか不細工なわたしを笑ってね」というレベルではないのね。
「チカ、お願いだ。おれの前でも他のだれかの前でもメガネを外さないでくれ」
「は、はい、陛下。おおせのままにいたします」
陛下や他のだれかに不快な思いはさせたくない。
メガネ、はずさないでおかないと。
あらためて決意する。
メガネ、ちゃんと装着されているかしら。
思わず、指先でつるをつまんで確認してしまった。
大丈夫。ズレて落ちかかっているなんてことはないみたい。
見えにくいけれど、まだちゃんとだれかわかるのでホッとする。
「いえ、陛下。まさか寝台でも外すなとおっしゃるのですか?」
「わおっ!それだと、場合によってはメガネが潰れたり歪んだりするのではありませんか?」
ジークとシュッツは、ニヤニヤ笑っている。
「な、なにを言いだすのだ?」
皇帝は、また真っ赤な顔になった。
「メガネは危険です。メガネのグラスや枠やつるで相手を殺すことが出来ますので」
「寝物語をしつつ、『シュッ』とか『バシュッ』とか。頸動脈を狙えば確実です」
リタとゾフィのスキルの一端をきき、愕然としてしまった。
なんてこと。そんなことが出来るのね。
だけど、わたしにそんな高等なテクニックを使えるわけがない。
グラスだろうと枠だろうとつるだろうと、そんなに器用に『シュッ』とか『バシュッ』って出来るわけがないわ。
いろいろ驚いてしまったけれど、せっかくの誕生日の贈り物ですもの。
目の医師に診てもらってメガネを新調してもらおう。
皇帝たちには心からお礼を言った。贈り物は、ありがたく受け取りたいと添えて。
皇帝を始め、みんなうれしそうにうなずいてくれた。
「チカ、じつはまだ話すことがあるのです。陛下、このことはあなたが伝えますか?」
「シュッツ、大まかなことは頼む」
「わかりました」
あらたまってどんな話なのかしら?
「義母上。まずは、ぼくらの状況を説明します」
どんな話なのかドキドキする。贈り物のときとは別のドキドキである。
シュッツにうなずいて見せた。すると、彼はすぐに説明を始めた。
バーデン帝国の支配者。つまり、皇族はかならずしも世襲制ではないらしい。昔から力こそすべてだったこの帝国では、皇帝ですら力がなければ蹴落とされ、より強い者がその座に就くという。その方法もじつに荒っぽくて、他の国のように謀略とか工作とかいう頭脳的な方法ではなく、たいていは肉体的な方法、つまり暗殺やそれに近い方法だというから単純に驚いてしまった。
皇帝の実父も皇帝だった。兄をみずから殺してその座に就いたらしい。それにも驚いてしまった。いまどき、簒奪がまかり通っているなんて。それはともかく、通常ならよほど何かがないかぎりはその皇子が皇帝の座を継ぐ。
が、このバーデン帝国では違う。
いまの皇帝のお父様、わたしには義父にあたる人は、皇帝の座に就いたことで満足した。皇帝の座に就いてからというもの、放蕩三昧の日々を送った。レディをはべらせ、ハーレムを築いた。
そして、数えきれないほどの皇子が産まれた。
その皇帝は、何事においても見境がなかった。この世の絶頂に酔いしれ、自国の政治に関心はなく、他国からなめられても放置していた。
そんなある日、その皇帝の栄華は唐突に終わった。
皇帝は、第一皇子とその後ろ盾である宰相一派によって暗殺されてしまったのである。
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