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カモフラージュ
「だが、彼女のせいだけではない。おれも彼女が苦手だった。嫌いというわけではない。ただただ苦手だった。貴族子息や官僚たちに媚びを売ったり遊んでいることは知っていた。それでも歩み寄りさえすれば、気にかけさえすれば、違う関係になったのかもしれない。だが、おれはそうはしなかった。彼女を放置し、関わろうとしなかった。おれに非があるのだ」
唯一の救いは、二人の子に恵まれたことだ、と彼は付け足した。
「彼女は、ジークとシュッツを産んだ後いっさい彼らに関わろうとしなかった。『皇子を産みさえすれば、自分の役目は終わった。これからは、思うようにすごすわ。離縁されようとどうされようとかまうものですか』彼女は、そう公言してはばからなかった。そして、堂々と浮気をするようになった。彼らのことは、おれの育ての親である伯爵家の縁者の乳母とおれとで面倒をみた。粗暴なおれでも、赤ん坊が愛おしくてならない。毎日、彼らとすごすひとときがしあわせだった」
彼は、しあわせそうな表情になっている。
ジークとシュッツを見ると、二人とも涙ぐんでいる。
素敵だわ。母親のことはともかく、父親はこんなに想ってくれているのだから。
亡くなったわたしの両親は、二人でわたしを慈しみ育ててくれたに違いない。
残念なことに、わたしはそのことを覚えていない。
「彼女が死んだのも、ほんとうに突然だった」
「突然? いったい、どうして」
「ある貴族子息と寝室でいっしょだった」
「まぁ……」
絶句してしまった。
「が、その貴族子息の親は、宰相と敵対していた。つまり、おれを支持していた」
つけ加えられた説明に、さらに絶句してしまった。
「彼女は、敵対者ともども暗殺されたということですか?」
「おれは、そう思っている。彼女がその子息に近づいたのも、もしかすると色恋や遊びだったのではないかもしれない。最初から殺すつもりだったが、何らかの理由で自分も死ぬことになったのかもしれない。あるいは、宰相が彼女を持て余して子息ともども消したのか……」
怖ろしすぎる。
宰相ってどんな鬼畜な親なの?
「彼女が死んで以降、おれは再婚を頑なに拒んでいる。だが、最近またうるさくなってきた。宰相は、ジークとシュッツが祖父である自分の思い通りにならないことを痛感したらしい。二人して意図的に反発しまくっているからな。それで、今度はまたおれの子種を利用し、他に皇子を儲けようと思いついたわけだ。おれの死んだ妻とは年齢の離れた妹を、おれに嫁がせようと躍起になっている。当然、断ってはいるが。その妹というのが、父親にそっくりでな。いや、父親以上に野心的で嫌な性格をしている。まだ姉の方が可愛く思えるほどだ。『結婚しろ、しろ』と連日責められるのにはうんざりしている。しかも、いろいろな意味でや問題がある。男癖は姉以上だし、酒癖も悪い。つまり、野心的な上に素行も最悪というわけだ」
ああ、なるほど。
ラインハルトの説明で、どうしてわたしがここにいるのかが理解出来た。
わたしなら、この国にまったく関係がない。一応、亡国の王女だから、血筋的には悪くない。だけど、あくまでも悪くないのは血筋だけ。
いまさらその血筋が役に立つのかというとそうではない。実際、これまでたらいまわしにされてきたすべての国々で、結局は「利用価値ゼロ」認定されてきた。
そんな「利用価値ゼロ」のわたしでも、ひねくりだしたらなんらか役に立てるのかしら。
強いていうなら、わたしは若い。それに元気だけが取り柄である。これら二つは、自信がある。皇帝ラインハルトとの子を産むことだってまったく問題がない。
よくよく考えたら、わたしのことをよく探り当てたわよね。
世間一般的に、亡国の王女そうゴロゴロと転がっているわけではない。ということは、そういう存在が実在しているということを調べたわけよね。
十七、八年くらい前のことを調べ上げた上に、わたしがどこにいるかということまで調べるなんて大変だったのに違いないわ。
ただ、これまでの説明で、自分がただのカモフラージュ的な役割だったということがわかった。
それですべてが腑に落ちたわ。
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