いよいよ帝都へ

1/1
前へ
/84ページ
次へ

いよいよ帝都へ

 その日から、わたしの体力を強化する為のトレーニングが始まった。  わたしたちを護衛している親衛隊は、この別荘から少し離れたログハウスを宿舎にしてそこで寝泊まりをしているらしい。  とはいえ、実際のところラインハルトたちは強い。その強さは、親衛隊どころかこのバーデン帝国一と言ってもけっして過言ではないらしい。  以前、ラインハルトがクラウスと名乗っていたときに言っていたように、たとえラインハルトたちが暗殺者や刺客に襲われたとしても、親衛隊が駆けつけるまでに撃退している。仮に親衛隊が駆けつけるのが間にあったとしても、かえって足手まといになってしまう。  それがわかってはいても、親衛隊は警護をしなければならない。逆に言うと、ラインハルトたちは警護されなければならない。  それがまた面倒くさというのである。  なぜなら、彼らが近くにいると不仲な演技をしなければならないから。  そういう事情はともかく、体力増強の為にはまずランニング、腕立て伏せ、腹筋や背筋、各種ストレッチや体操といった基本から始めることになった。  ランニングは、早朝まだ夜明け前に行う。親衛隊の隊員がぜったいに起きていない時間を見計らい、池のまわりをひたすら走るのである。  これまで運動などまったくしなかった。ウオーキングどころか、散歩すらしなかった。というのも、自由に歩きまわることが出来なかったり、出来るような雰囲気ではないことがほとんどだったからである。  もちろん、走るなんてこともしなかった。  だから、相当きついことは言うまでもない。  池じたいは、見る分にはさほど大きくはない。池の周囲をゆったり歩いたとして、おおよそ五分もかからないくらいかしら。どれだけゆっくり歩いても、五分とかからない。  そこを走るのである。全速力で。  最初は、走ることじたい出来なかった。  情けない話だけど、足がもつれまくった。足がもつれ、転倒してしまうことも一度や二度ではなかった。  だけど、それも練習を重ねるごとにじょじょに走れるようになった。  他の運動も同様である。まったく出来なかったことも、努力と根性でじょじょに出来るようになる。出来るようになると、不思議と自信が出てくる。自信が出てくると、さらに出来るようになりたいと思うようになる。  人間って不思議よね。  なにより、リタとゾフィの教え方が上手いということもある。それから、ラインハルトとジークとシュッツのおだて方も上手すぎる。  単純な精神構造のわたしは、おだてられるたびに有頂天になってしまう。 「メガネザル」は、おだてられるといくらでも木にのぼってしまうのだ。  そうそう、木登りも出来るようになった。  運動音痴のわたしだけど、だんだんと運動が好きになった。  五人のお蔭である。  まさか嫁いで自分が運動レディにかわってしまうとは、思いもよらなかった。   それはともかく、運動をすることによって気分がよくなった。食べる物が美味しく、よく食べるようになった。もっとも、食べることに関しては以前もそうだった。だけど、よりいっそう美味しく感じられるし食べられるようになった。  なにより、お通じが最高によくなった。  正直なところ、これが一番うれしいかもしれない。  そんなこんなで基礎体力がついてくるまでに、メガネが出来上がってきた。  縁の色や形の違うものを三つ。きちんとケースに入れられて届けてもらった。  さっそくかけてみた。  あぁ、すごい。よく見えるわ。  気分が高揚する。  もちろん、視力が回復するトレーニングも続けている。だけど、これでよく見えるようになる。  ラインハルトたちの前で試着し、あらためてお礼を言った。  これからは、これら三つのメガネを状況に応じて使い分けることにした。  そうして、ここに来てからあっという間に時間がすぎてしまった。  そろそろ帝都に戻る、ということをラインハルトから告げられた。  そうよね。いつまでも皇帝や皇子たちが帝都をあけておくわけにはいかないもの。  ということは、わたしも覚悟を決めなければ。  亡国の「たらいまわし王女」のことをよく思わない人たちに対する為に。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

895人が本棚に入れています
本棚に追加