お気に入りの池の絵

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お気に入りの池の絵

 不安ではないと言えば嘘になる。なにせこの別荘から一歩出れば、ジークとリタ、シュッツとゾフィとは究極に仲の悪い義理の親子を演じなければならない。もちろん、ラインハルトとも親しく出来ない。「政略結婚だから仕方がないのね」的に態度を装わなければならない。  つまり、表立っては話すらまともに出来なくなる。  だから、自分のことは自分でどうにかしないと。ラインハルトたちに心配をかけたり足をひっぱってはいけない。  しっかりしないと。  あらためてそう決意した。  だけど、ほんとうに大丈夫なのかしら、わたし?  ついつい弱気になってしまう。体力的にも精神的にも鍛えてもらったし、自分なりに頑張っているけれど、もともとの軟弱な気質が出てしまう。  ダメダメ。これまでのわたしとは違う。  よくしてもらっている彼らの為にも気合いでのりきるのよ。  別荘ですごす最後の夜の食事後、玄関に飾られている池の絵を眺めに行った。  別荘にやって来てから、池の絵を毎日眺めるのが日課になっている。  これでしばらく眺めることが出来ない。そう思うと寂しくなる。  絵画鑑賞、などという大げさなものではない。ほんとうにただボーッと眺めているだけなのである。  それだけで満足している。  わたしにはこの程度なのね。そう実感してしまう。 「チカ」  いつものように絵の前でボーッとしていると、ラインハルトが奥から出て来た。彼は渋い美貌にやさしい笑みを浮かべ、わたしの視線を追った。 「ああ、この池の絵か」 「はい。ここにやって来て玄関から入った瞬間、この絵に惹かれたのです。心が震えるというのでしょうか。感動以上のものを感じたのです。毎夜、眠る前にこうして眺めています。窓から射し込む月光の中、よりいっそう幻想的で魅惑的に感じるのです」 「それは驚いた。ありがとう。息子たちは、バカにするんだがね。ほんの手慰みだよ」 「えっ? まさか、陛下がこの絵を?」 「下手の横好きってやつだ。こんな絵でよければ、宮殿の寝室にも飾ってある。侍女や執事たちが蔭で笑っているのはわかっているんだ」  渋い美貌に苦笑が浮かんだ。 「しかし、せっかく描いたのだし自分の部屋に飾るのならさほど迷惑をかけることもないからね」 「ほんとうですか? 楽しみです。じつは毎日この絵を眺めていて、懐かしい気もしているのです。昔、この絵と同じような絵を観たような……。ただの気のせいですね。だって、わたしは絵心がまったくないのですから」  眺めれば眺めるほど、どこかで観たことがあるような気がする。つい最近とかではなく、遠い記憶の中に見え隠れしている。そんなわけは絶対にないのに。 「陛下、どうされたのですか?」  ハッと気がつくと、ラインハルトが驚き顔でこちらを見ている。 「チカ。きみは、思い出して……」 「はい? なんとおっしゃいましたか?」  つぶやいたその声は、よくきこえなかった。 「い、いや。なんでもない。明日は早い。もうそろそろ眠ろう」 「そうですね」  彼は、わたしの方に手を伸ばしかけて途中でやめた。  そして、気弱な笑みをその渋い美貌に浮かべた。 「チカ、おやすみ」 「おやすみなさい、陛下」  挨拶をかわすと、二階の自室へ行くために階段を上っていった。  最後にもう一度池の絵に視線を走らせ、階段を上った。
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