バーデン帝国の景色

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バーデン帝国の景色

 翌日、三台の馬車に別れて乗車し、別荘を出発した。  ラインハルトとわたし、ジークとリタ、シュッツとゾフィという組み合わせである。  それぞれの愛馬は、親衛隊が連れて行ってくれるらしい。  馬車はわたしたち、つまり皇帝の馬車が四頭立てで、皇子たちのそれは二頭立てである。どの馬車も皇族を示す二頭の獅子の紋が彫り込まれている。  この国にやって来たときに乗せてもらった馬車よりも大きくて豪華である。  ラインハルトと向かい合わせで座っている。  これだけ大きな馬車だから、馭者台にいる馭者に会話はきこえないかもしれない。馬車の音でかき消されてしまうでしょうから。  だから、ラインハルトと和やかに会話を交わした。  いろいろな景色が窓外を流れていく。  大きな街に小さな町、それから村々。どこまでも続く草原があったり畑が広がっていたり、森があったり池や湖がある。  そのどれもが美しく、静かで平和である。  人々は裕福とまではいかなくても、満ち足りているように見える。普通の毎日を送り、しあわせを噛みしめている。そういう感じかしら。少なくとも、物騒な気配やギスギスした空気は感じられない。  そういう景色を眺めていると、いかにこのバーデン帝国が豊かで平和であるかを実感する。  ラインハルト一人のお蔭では決してないでしょうけれど、それでも彼を誇らしく思う。これまで以上に尊敬の念を抱いてしまう。  だからついつい彼をそのような眼差しで見てしまう。その都度、彼は真っ赤になって俯いてしまう。  そんな彼がすごく可愛く、愛おしい。  そんなことを一日中繰り返し、暗くなる直前に帝都に到着した。 「わー、すごいですね」 「大きいですね」 「あれは何ですか」 「あそこは何屋さんですか」 「あれが帝国図書館なのですか」  わたしは、控えめにいってもおのぼりさんと化してしまった。  馬車の左右の窓から身を乗りださんばかりに、窓外に現れるあらゆるものに興奮を隠すことが出来ない。  ラインハルトは、そんなわたしのどうでもいい質問に答えてくれた。そして、わたしの興味と好奇心を煽ってくれた。  バーデン帝国の帝都は、これまでたらいまわしにされたどんな国よりも大きいし栄えている。裕福そうで美しくもある。  興奮したりはしゃいでいると、馬車は皇宮の大門をくぐった。 「チカ、もう間もなく宮殿だ。この時間だから、迎えに出てくるのは執事や侍女など使用人だけだ。彼らには、きみを正妃と迎えたとその場で宣言する。いいね?」  馬車道には煌々と灯りが灯されている。その灯火の中、ラインハルトの渋い美貌が真っ赤に染まっているのを認めた。 「はい、陛下」  異存があるわけがない。 「息子夫婦らの扱いも注意してほしい」 「わかっています、陛下。傲慢でイヤーな義母に見えるよう、精一杯がんばってみます」  とはいえ、演じられるかどうか微妙だわ。  多くの使用人たちを前にしたら、きっと緊張してしまう。  これまで、少数の人たちの前ですら立ったことなどないのだから。 「そうだな」  ラインハルトは、クスクス笑い始めた。  彼は、ときおり子どものような行動や仕草をする。それがまた可愛くってキュンキュンしてしまう。 「きみは、あれだけ練習をしたんだ。大丈夫。自分を信じて」  そう。別荘でジークたちを前にどれだけ練習したことか。  多種多様なトレーニングとともに、傲慢な義母になるべく練習をしまくった。  それがついに花開くのよ。  のはずなんだけど。  ほんとうにうまくいくかしら?   不安しかないわ。  不安だらけのまま、馬車はついに停車した。
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