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鍛錬開始
朝、まだ夜が明ける前に起床する。
わたしたちのいる宮殿の最奥部には、皇族しか入室を許可されていない広間がある。そこは、扉からして重厚で秘密めいている。
分厚い鉄の扉が、厳しい雇用試験を乗り越えその職を得た宮殿の使用人たちを威圧している。
その鉄扉にぶつかっただけでクビになり、しかも流刑地に流されたとかなんとか。その話は、噂というよりかは伝説化している。
その話の真偽はともかく、この開かずの間に近づく者はいない。
その開かずの広間に、まだ夜も明けきらぬときに向かう。
じつは、表側は鉄の扉で外界とを隔てているけれど、開かずの間には別に隠し扉がある。そこは、わたしたちの寝室に通じている。
ラインハルト曰く、「昔の皇帝や皇族たちが、有事の際に寝室から奥の広間に逃げこみ、隠れてやりすごす為につくったのだろう。当然、隠し扉のこともだれも知らない。だから、宮殿の使用人たちは、まったく使われていない広間だと思っているはずだ」、ということらしい。
ちなみに、隠し扉へと続く寝室側の扉は、主寝室の本棚のうしろに隠されている。
毎朝、ジークとリタ、それからシュッツとゾフィがテラスからやってくる。テラスは、わたしたちの部屋と彼らの部屋と続いているのだ。
そこから六人で開かずの広間に移動する。
広間は、本来の使われ方はされていない。
わたしたちにとってそこは、神聖な場。鍛錬の場なのである。
床は板張りになっていて、どれだけ寒い日でも素足でいるのだとか。
広間の端の方には、ガラスケースと本棚が並んでいる。
ガラスケースには、遠い東や西や南や北の大陸の国々で使われていたり、いまでも使われているであろう武器の数々が並んでいる、そして、本棚にはそういった国々の武術や体術や戦術や用兵術に関連する本が並んでいる。
わたしたちはそこで鍛錬をし、精神修養を行う。
別荘ではトレーニングだった。トレーニングは、基本のそのまた基本の体力をつける為のものだった。あの別荘でのトレーニングが基本のそのまた基本であったことを、皇宮にやって来て痛感した。
あのきつくて苦しいトレーニングがめちゃくちゃラクに思えるほど、鍛錬はハードすぎる。最初はまったくついていけなかった。別荘のときと同じように。ラインハルトたちは、そんなわたしに辛抱強く付き合ってくれたり教えてくれる。
いつもはやさしくデレデレなラインハルトも、鍛錬のときだけは厳しくなる。というのも、ほんのわずかの油断や隙が、大きな事故につながってしまうからである。
厳しくて険しい鍛錬に、正直なところ何度も心が折れそうになった。「もう嫌だ」とか「逃げだしたい」と、何度弱音を吐いたかわからない。
なにか違っていないかしら?
そうも考えてしまう。
通常は、ラインハルトたちに意地悪されるとか蔑ろにされるとかで悩んだり悲しんだりするはずなのに、悩みや悲しみの理由がまったく異なっている。
それはともかく、いつも心が折れきってしまう前にラインハルトたちが元気づけてくれる。彼らがフォローしてくれる。彼らが寄り添ってくれる。単純なわたしは、元気づけられると途端にヤル気がでる。
そうこうしているうちに、少しずつ慣れていった。
最近は、遠い東の大陸にある国の武器をマスターしようと鍛錬をしている。それは、あらゆる剣の中でも最強の剣らしい。片刃で細いけれど、切れ味はどんな剣よりも鋭く抜群。長刀のように少し長めのサイズがあるけれど、小柄でリーチの短いわたしは短刀より少し長めのサイズを選んだ。
その剣は、身につけていていいという。
参考文献もあるので、それもしっかり読むようアドバイスされた。
ちなみに、この剣が使われている東の大陸の国の人たちは、わたしと同じように黒髪に黒い瞳を持っているらしい。
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