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宰相を継ぐ男とその娘
今日もヨルク・ロイターはキラキラ輝いている。しかも、彼はそれがわかっているからことさらカッコつけている。
あきらかに女たらしよね。彼に会うと、いつもそう思う。
リタとゾフィによると、彼はこれまで六度も結婚と離縁を繰り返しているらしい。それ以外にも、いろいろなところのいろいろなレディとお付き合いしているとか。
それってまるで小説に出てくるようなプレイボーイね。
わたしにはまったく縁のない世界の住人だわ。
もっとも、彼もわたしには興味はない。彼も、わたしを自分とはまったく縁のない世界の住人と思っているに違いない。
ヨルクのようなキラキラ人種とは、この大陸が一瞬にして消滅してしまう可能性と同じ可能性で出会わなかったはずよ。それが、ラインハルトに嫁いできたからこそ出会ってしまった。
正直なところ、出会いたくない人種なのだけれど。
若く見える美貌にはりついている表情は、わたしには嘘だらけに感じられる。ついでにいうと、その一挙手一投足もすべて嘘。というよりかは、ムダにカッコをつけている。そして、演じている。
なにより、彼はラインハルトを敵視し、バカにしている。それが一番嫌なのである。
そんな嘘で塗り固められ、ラインハルトを蔑ろにしているヨルクといっしょの空間にいても楽しいはずがない。
だから、これまでわたしも嘘の表情と最低限のマナーで耐え忍んできた。
ヨルクは、今日もそつのない態度でわたしに挨拶をした。それから、さっさと娘をわたしに紹介し始めた。
もしもわたしが愛想のいい美女だったら、彼は娘そっちのけでわたしと談笑し続けるに違いない。
想像すると可笑しくなってくる。
「娘のディアナ・ロイターです。皇子たちと同年齢ですから、皇妃殿下より二歳年長ということになりますな」
ヨルクは、美貌に嘘っぱちの笑顔をはりつけつつ平気で嫌味をぶちかましてきた。
ラインハルトに対する、それでいてわたしに対する嫌味である。
ラインハルトが娘の年齢以上離れた小娘を嫁にしたということと、亡国の小娘ふぜいが欲や権力に目がくらんで父親以上の年齢のおっさんに嫁いできた。
暗にそう言いたいのでしょう。
「皇帝陛下、ご挨拶申し上げます」
そして、その父親にして娘あり、ね。
ヨルクの娘はわたしに一瞥すらくれず、ラインハルトに駆け寄ってドレスの裾を上げて挨拶をした。それから、べったりくっついておしゃべりを始めた。
たしかに噂通りの美女よね。だけど、才女というのはどうかしら。
男性と権力に媚びるその姿は、あきらかにお頭が弱いか鈍いかしていそう。
だけど、単純すぎていっそ清々しいわ。
彼女、だれかがいる前ではいい娘ちゃんを気取っているみたい。だけど、使用人とか気に入らない人の前では態度が豹変する。いま流行りの小説に出てくる悪女と同じね。
こういうパターンのレディも見たことがあるから、とくに驚くほどのものではない。充分想定内ね。
安心したわ。ちょっとだけ不安だったけど、こういうパターンの人なら問題はなさそう。
そんなふうに彼女を観察している間でも、彼女はまだラインハルトに媚びを売っている。
ラインハルトは、あきらかに迷惑している。いいえ。それどころか不快感をはっきり態度にあらわしているのに、彼女は話し続けている。しかも、どうでもいいようなことばかりを。
違うわね。彼女、ラインハルトが嫌がっていることに気がついている。気がついているのに、気がついていないふりをしている。
これが、駆け引きというやつかしら。
勉強になるわ。
わたしもこういうことが出来るようになるかしら。
「ラインハルト、話をしたいことがある」
娘の意味も意義もないおしゃべりにイライラしているのね。ヨルクが横からさえぎった。
そうだったわね。彼とラインハルトは幼馴染だったわよね。
だから、ことさら親し気にしたがるわけね。
野心家さんも大変よね。
「ジーク、シュッツ。おまえたちも来い」
ラインハルトに命じられ、ジークとシュッツは顔を見合わせた。
「女どもの戦いも見ものだが、陛下と公爵子息の小競り合いも楽しそうだ」
「きみは、ほんとうにくだらないことばかり言うよね」
「なんだと、シュッツ。この脳筋バカ」
「ふんっ! 机上の空論野郎が」
双子の義理の息子たちは、途端に言い合いを始めた。
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