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お茶会にて 1
「やめないか、おまえたち。行くぞ」
ラインハルトは、そう言い捨てるとわたしたちに背を向けた。
その瞬間、彼がわたしに視線を走らせてきた。だから、口の端を上げて「心配しないで」と合図を送っておいた。
「ゾフィ、いつもみたいに妃殿下を泣かすなよ」
「おいおい、ジーク。それは、きみの妻のリタのことだろう? リタ、妃殿下を虐めるなよ」
「なんだと、シュッツ」
「怒鳴るなよ、ジーク。人間は、ほんとうのことを指摘されるとすぐに怒鳴るって知っているか?」
「こいつ、おれの妻を侮辱しやがって」
「きみの妻ではない。きみを侮辱しているつもりなんだがね」
ジークとシュッツは、言い合いをしながらラインハルトたちのあとを追う為に去って行った。
二人とも、リタとゾフィにわたしのことを託してくれたのである。
いつもながら、心配してくれているその気持ちがありがたい。
彼らの言い争う怒鳴り声がきこえなくなると、ガゼボにはレディだけが残った。
厳密には、三人の美女とちんちくりんが一人ね。
ガゼボには真鍮製の丸テーブルと椅子が設置されている。
丸テーブルはかなり大きい。その周囲に椅子が置かれているけれど、いまは八脚の椅子が等間隔に置かれている。もともとの人数分置かれているわけである。そして、人数分の紅茶も準備されている。さらに、ケーキやクッキーといったスイーツも準備されている。
わぁ! とても美味しそう。
ラインハルトも食べたかったでしょうね。
彼の渋い美貌が脳裏をよぎる。
じつは、彼が大の甘党であることを知ったのはつい最近のこと。
彼は、皇帝にして将軍というバリバリの武闘派である。その彼が、クッキーやマドレーヌやパウンドケーキやチョコなど、大のスイーツ好きだということをわたしが知ってしまえば、わたしに嫌われるのではないかと隠していたらしい。
たまたま官僚の一人が、帝都で有名なスイーツ店のマドレーヌを贈ってくれた。わたしはこれでも一応レディの端くれ。スイーツが嫌いなわけはない。
リタとゾフィを誘い、テラスでこっそり味わっていた。そこに彼がやって来て、リタとゾフィがバラしてしまった。
真っ赤になって言い訳をするラインハルトが可愛くて可愛くて、ついつい笑い転げてしまった。
もちろん、そのあと四人で堪能した。その官僚はたくさん贈ってくれたけれど、四人でペロッと食べてしまった。
ちなみに、大の甘党のラインハルトは、お酒が苦手である。
だけど、一国の主であり大将軍という立場上、どうしても飲む場面はある。だから、飲むふりをしているのだとか。
彼と出会ったばかりでクラウスと名乗っていた頃、ほとんど飲んでいなかった。こういうわけがあったのね、と納得した。
「酒は判断力を鈍らせる。ゆえに必要以上に飲まぬ」
彼は、そのように公言しているらしい。
もっともな言い訳、もとい道理よね。
だから、どのような場や状況でも必要以上に勧められるようなことはないらしい。
いまのところは、それでなんとかごまかせているとか。
皇帝というのもほんとうに大変よね。
つくづく気の毒になってしまう。
丸テーブルの上に並べられているスイーツを見ながら、ラインハルトも食べたいだろうなとつい考えてしまう。
そのとき、リタの肩がわたしのそれにぶつかった。
「皇妃殿下、ボーッとしないで下さい。それでなくてもつまらないお付き合いをさせられているのです」
「リタ、あいかわらずきついわよね。でもまあ、同意するわ。こんなくだらないお茶の会、はやく終わらせて部屋に戻らせていただきたいわね」
リタ、それからゾフィが目線で座るよう促してきた。
公爵令嬢は、すでに着席している。
椅子は八脚あるので、一脚飛ばして着席した。二人も同様に着席した。
すぐに侍女たちが紅茶を注いでくれる。
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