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お茶会にて 3
「妃殿下、チラチラとこちらを盗み見て不愉快ですね」
「いいじゃないの、ゾフィ。妃殿下は、あなたのそのムダにデカいおっぱいを見ているのではなくって?」
「ムダにでかいですって、リタ? あなた、わたしのこと言えるの? あなただって、ムダにデカすぎるでしょう?」
「デカパイ争いはやめてちょうだい」
言い争い始めたリタとゾフィに、ピシャリと言った。
二人は、わたしの幾つもあるコンプレックスを知っている。胸が小さすぎることもそのひとつ。だから、二人は胸を大きくする有効なトレーニングやマッサージを取り入れてくれている。
それをがんばってはいるのではあるれども……。
「あら、スイーツを召し上がらないのですか?」
二人からディアナへ視線を移すと、いっさいのスイーツに手をつけていない。
リタとゾフィの言葉を思い出した。
ディアナにかぎらず、貴族令嬢たちは太るからとろくに食事をしないらしい。大好きなスイーツもずいぶんとガマンしているとか。
わたしには考えられないけれど、ご令嬢たちはドレスが着ることが出来なくなるとか醜くなるからと涙ぐましい努力をしている。
それはそれですごいな、とシンプルに感心する。
先程、ディアナがお茶のことで絡んだ侍女が、彼女のあらたなカップにお茶のおかわりを注いだ。
「ほら、また冷めている。いらないわ。それも妃殿下に。それと、妃殿下。先程の答えは、ズバリ毒を盛られているかもしれませんので、出来るだけ外では食べないようにしている、です」
彼女は、美貌に意地悪な笑みを浮かべた。
いまの回答が模範解答であったかのように、勝ち誇っている。
(あなた、バカね。才女だなんて、盛りすぎた噂もいいところだわ)
そう思ったけれど、口に出せるわけはないわよね。
気の毒な侍女がこちらへ向かって来る。
その瞬間、テーブルクロスの裾が不自然に揺らめいた。
あっと思う間もない。
侍女がつんのめった。しかも、盛大に。彼女の手から、お茶のポットとカップがはなれた。ポットの蓋が外れ、カップのソーサーも外れ、弧を描くようにして宙を舞う。
ゆっくりゆっくり舞うその光景は、まるで本の文字を追っているみたい。
このままでは、ポットの中身とカップの中身がぶちまけられる。それは、確実にわたしにかかってしまう。
やるわね、ディアナ。それを見越して、足で侍女の足をひっかけるなんて。
だけど、相手が悪かったわね。
すべてが一瞬である。
侍女が盛大に転びそうになった瞬間、他の侍女や執事たちが持ち場から駆けだそうとした。
「大丈夫だった? ケガはない? 膝、床にぶつけなかったかしら?」
体が反射的に動いていた。その為、侍女が床に倒れこむまでに彼女を抱きとめることが出来た。
「あらあら。もう少しで妃殿下がお茶まみれになるところだったわ」
「ほんとうよね。妃殿下だけならいいけれど、こちらまでとばっちりを受けるのは勘弁してほしいわよね」
リタはポットに蓋をしめ、そっとテーブル上に置いた。そして、ゾフィはソーサーの上にカップをのせ、やはりテーブル上にそっと置いた。
ポット、それからカップ、どちらもお茶は一滴もこぼれていない。
二人とも、さすがすぎる動きだわ。
リタはポットを、ゾフィはカップをそれぞれ宙に舞っているのをキャッチするなんて、神業すぎる。
わたしも、いまのような神業が出来るようになるかしら?
「ひ、妃殿下。も、申し訳ございません」
あっと、侍女のことを忘れていたわ。
「いいのよ、いいのよ。気にしないで。それで、ケガは?」
「ありません。妃殿下のお蔭でございます」
「よかったわ。さっ、立ち上がることは出来る?」
彼女を支えながら立ち上がった。どうやら、彼女はほんとうにケガはなかったみたい。
「妃殿下、申し訳ございません」
侍女長が大慌てで駆けつけてきた。
何度も何度も頭を下げている。侍女も同様に。
謝らなければならないのは、わたしの方だわ。
わたしへの当てつけに、侍女は足をひっかけられただけなのですもの。
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