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お茶会にて 5
「というわけで、ちんちくりんはちんちくりんらしい恰好で充分というわけです」
座り直しつつ、ディアナに笑いかけた。すると、彼女はバツが悪そうな表情で視線をそらせた。
「陛下は、おやさしい方です。『お飾り妻』にすぎないこんなちんちくりんに、いろいろ取り揃えて下さいました。政治的な意図があってのことは充分承知していますし、わたしもそれをあてにしていないとは言いません。生きていく為には衣食住が必要ですから。正直なところ、亡国の王女だからといってわたしに価値はありません。陛下は、それを承知でこうして拾って下さいました」
「そ、そんなの、飼われているのと同じだわ。ペットと同じよ」
「飼われている?」
ディアナの表現に思わず笑ってしまった。
まさしくその通りだと思う。
もちろん、それはいまのことではなくこれまでの話だけれども。
いまは違う。ラインハルト自身と彼とすごす日々は、これまですごしてきた場所や人たちとはまったく違う。
「ディアナさん、とても素敵な表現ですね。『飼われている』、まさしくそうです。わたしは、飼われているのです。そうですね。せっかくですから、これから陛下のペットだと考えるようにします。その方が、ずっとずっと気がラクですものね。たとえお飾りだとしても、皇帝の妃であると自分自身にプレッシャーをかけるよりもペットとして陛下の側で尻尾を振っている方が精神的にラクですから。ディアナさん、あなたもそう思いませんか?」
「し、知らないわよ。わたしは、わたしはずっと裕福で満たされた生活をしてきているから。お父様がいてお母様がいて、大勢の使用人に傅かれて何不自由なく生活している。あなたみたいに底辺にいるわけじゃない」
「きっとしあわせなんでしょうね。それだけ美しくて聡明だったら、殿方にもチヤホヤされて。小説やお話に出てくるプリンセスやレディと同じで、いつもキラキラ輝いてしあわせの絶頂にいるのですもの。それに比べて、底辺のしあわせなんてほんとうにささやかなものなのですよ。カビのはえていないパンをかじることとか、今日のパンは歯が折れそうなほど硬くなかったとか。凍てつく寒さにボロボロの毛布でかろうじて耐えられたとか。使用人がこっそり裁縫道具を貸してくれて、破けた服を繕えるたとか」
ここで一息入れなければならなかった。酸欠になりそうだから。
酸素を体内に取り込んでから続ける。
「わたしは、そんなささやかなしあわせを噛みしめるだけの毎日でした。でも、ほんとうのしあわせはいまを生きているということです。一日を無事に生き残れた。夜を無事にすごせた。生きているんだということを噛みしめることこそが、一番のしあわせのような気がします。こういうのって、きっと安っぽいしあわせなのですよね。ねぇ、ディアナさん?」
テーブルの向こうにいるディアナに尋ねてみた。
同意を求めているわけでも賛同してもらいたいわけでもない。
彼女は、どうせ過去をほじくり返してくる。たとえば、どれだけ悲惨な生活を送って来たのかとかどのような扱いを受けてきたのか、等々。そのことは、わかりきっている。
隠し立てをするつもりはいっさいない。下手に隠し立てをすれば、それこそ強請や脅しの情報(ネタ)になってしまう。
だから思いつく、あるいは思い出せるかぎりのことは話しておきたい。
だから、いまこのタイミングでそれとなくその一端を話してみた。
もっとぶちかましておいた方がいいかしら。わたしたちの記念すべき初対面ですものね。
迷いながら向こう側にいる彼女を見た。
ディアナの長い睫毛の下の青い目が、なんと真っ赤になっている。
わたしと視線が合うと、彼女はプイとよそを向いた。
えっ、どうしたの?
脳内にクエスチョンマークが浮かんだとき、いきなり彼女が立ち上がった。
「今日はお暇します」
「えっ? ディアナさん?」
止める間もなかった。
ディアナは、宣言するなりスタスタとガゼボから去ってしまった。
驚いている中、リタが執事に合図を送った。
ディアナのこういう勝手な振る舞いには慣れっこになっているのか、すぐに追いかけていく。
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