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公式の場
「彼女、いったいなんだったのかしらね」
率直な感想である。
「彼女、泣いていましたね」
「お義母様の話にウルッときたに違いありません」
ゾフィとリタがささやいてきた。
「ウルッと? ウルッとくるほどの話をした覚えはないのだけれど」
いまのは小説でいうところの序章だった。それなのに、あんな反応をするわけ? これなら、本気で話をしたら彼女はどうなってしまうのかしらね。
「妃殿下」
そのとき、侍女長とさきほどの侍女が駆けて来た。
「妃殿下、先程は……」
「いいのよいいのよ。それよりも、気にしないでね。彼女、わたしへのあてつけであんなことをしたのだから。謝らないといけないのは、わたしの方。先程のことは忘れてちょうだい。いいわね?」
侍女は小さくなっている。
足をひっかけられれば、だれだって転んでしまう。そのことを気にして辞めてもらいたくはない。
「侍女長、彼女と他の侍女たちへの対応もお願いします」
「妃殿下。承知しております。ロイター公爵令嬢のことは、みなよくわかっております」
「そう……。だけど、意外と悪いレディではないかもしれないわね」
ディアナが駆け去った方向を見つめた。
「ああ、そうそう。スイーツは完食したいわ。リタ、ゾフィ、あなたたちは?」
「妃殿下、太りますよ」
「リタの言う通りです、妃殿下」
「ディアナさんと一戦やらかしたから、その分カロリーを消費したでしょう? だけど、消費した以上のカロリーを摂取したら、ちんちくりんの「メガネザル」がデブデブの「メガネブタ」になるかもしれないわね」
リタとゾフィがふきだした。笑いは伝染する。侍女長と侍女もふきだし、慌てて「申し訳ありません」と頭を下げた。
「いいのいいの。笑ってちょうだい。笑うのは、体と心にいいんだから。いくらでも笑ってちょうだい」
笑いながら勧めた。
わたしってどんどん違ってきていないかしら?
まぁ、いいわよね。
とりあえずは、初めてのお茶会は無事に終了した。と、思う。
ラインハルトとの婚儀じたいは、皇族付きの司祭から祝福を受けただけでとくにパーティーやお披露目はしなかった。
武闘派のイメージを貫いているラインハルトは、「婚儀など興味はない」と周囲の勧めを突っぱねた。
亡くなった奥様のときは、奥様の方が拒否されたらしい。というよりか、式の当日に着用するはずのドレスが気に入らなくなり、たったそれだけのことでキャンセルしたという。延期という話になったけれど、それはさすがにラインハルトが突っぱねた。
よくよく考えなくても、これほど夫をバカにした話はないわよね。
それはともかく、わたしは大満足である。ムダにパーティの席を設けられたり、帝都中をパレードされたりしたらいたたまれなさすぎるから。
だから、教会でひっそりと行ったので充分満足した。
家族だけで行い、祝福してもらった。これほどしあわせはことはない。
とはいえ、公式の場に出るという機会は少なくない。
ラインハルトと二人であっちのパーティー、こっちの式にと出席しなければならない。さらには、あっちの領地に招かれ、こっちの領地へ視察と飛び回ることもしばしばである。
今日も閣僚たちと会食があった。
とくに政治的な話をするわけではない。バーデン帝国軍の大幹部として、帝都を留守にしがちなラインハルトとジークとシュッツの三人とコミュニケーションをとろう、というのが表向きの用件らしい。
とはいえ、ちゃんとしたコース料理ではなく、宮殿の大食堂でお酒を飲み、軽食を食べながら談笑する程度のもの。一応立食形式だから、自由に食べたり飲んだり話をしたり出来る。
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