第一章

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ご飯代と言って、多過ぎるお金を渡してくれて、僕は東城さんが喜ぶメニューをあれこれと探しては作ってみた。 今度は『カルボナーラサラダ丼』を作ろうと思って、贅沢にも生ハムなんかを買っていた。 その生ハムの賞味期限も、もう切れそうになっているから、どうしようかと少し切なく思う自分に戸惑う。 お金持ちの気まぐれだったのかな? そんな風な人には思えなかったから、やっぱりどこかで東城さんを待ってしまっていた。 「そう、専務、過労で倒れて入院してるってさ」 食堂で昼食を食べている時に耳に入った会話に、思い切り振り返る。 冷凍食品部の課長と常温食品部の課長が話していた。 「新商品の開発にも手を貸して、会議に接待に得意先回りもしてたらしいぞ。若いのに頭下がるよな、専務には」 「桃十字病院だって?入院してるの」 桃十字病院?ここからそう遠くない病院だった。それにしたって、過労って、僕の安上がりの丼なんか食べてたからじゃないかと、気になった。 じっとなんかしていられなくて、班長に申し出る。 「早退?何で?」 「あ、の… 体調が悪くて… 」 「さっき、食堂で普通にメシ食ってただろう?」 「あ、あの後からで… ちょっと調子良くないのに食べたから… かな… 」 具合が悪そうに演技をして見せると、班長はフゥと溜息を吐いて、「無理すんなよ」と早退を許可してくれた。 『嘘吐ぎはろぐな人間になねはんでね』 嘘吐きはろくな人間にならないって、ばあちゃんの言葉が頭を過ぎったけど… ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で何度も謝りながら病院へ走った。 病院に着いたはいいけれど、東城さんがどの病室に入院しているのか分からない。総合案内の人に、恐る恐る訊いてみた。 「あ、の… 東城、東城瑛大さんの入院している病室を知りたいのですが… 」 「東城瑛大さん?… あ〜この方の病室はお教え出来ないですねー」 眼鏡をかけた中年の女性がチラリと目だけを僕に向け、すぐに書類に視線を落として冷たく言った。 病室を教えて貰えない事よりもこの人の言い方に胸が痛くなる。 「すみません… 」 と頭を下げて大きな病院の中を、当てもなく歩いた。 馬鹿だな、と思う。 僕なんかが東城さんのお見舞いに来る事自体、分不相応だろうと思い家に帰ろうと思った。工場を早退してしまったから、何だかとても居心地が悪い。 「茉紘っ!」 知らないうちに二階の大きなホールに来ていて、自分を呼ぶ声、聞きたかった声が耳に届いて思わず振り向いた。 「東城さんっ!」 僕は嬉しいやらホッとするやら、分からない感情に包まれて咄嗟に走り寄る。 点滴スタンドをコロコロと転がして、東城さんが笑って手を振っている。 「東城さん、東城さん… 」 僕は情けなくも東城さんの名前を呼ぶ事しか出来なくて、込み上げる涙を必死で堪えた。
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