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「瑛大ね、東城さんじゃなくて瑛大ね」
東城さんは、『東城さん』と呼ぶ度にそう言う。『専務』なんかと言おうもんなら、返事も振り向きもしなかった。
「あの… 過労で倒れたって、課長達が話しているのを聞いて… 」
「それで来てくれたの?心配してくれたの?」
「しっ!心配するに!決まってるじゃないですかっ… 」
「嬉しいなぁ、過労なんて情けなくなったけど、茉紘が心配してくれるなら、いくらでも倒れちゃうよ」
はっはっは、と笑う東城さんを僕は睨む。人が心配しているのに、酷いと思った。
「茉紘が睨んだって可愛いだけだよ」
にっこりと笑って、僕の頬を撫でた。
睨んでしまったけれど、ふと思い出す。僕の節約丼のせいで、東城さんは倒れてしまったのではないかと。
「あ、の… 東城さん… 」
「瑛大ね」
「東城さんが倒れたのって、」
「瑛大ね」
東城さんと言う度に「瑛大ね」と訂正を求める。
「倒れたのは… 僕の節約丼が身体に良くなかったんじゃないですか?」
「誰が倒れたのが?」
「あ… と、とうじょ…うさ、ん」
「……… 」
何も言わずにジッと僕を見つめる東城さんに、
「… 瑛大さん… 」
と呼んでしまった。
畏れ多くも、東城さんを『瑛大さん』と呼んでしまったが、すこぶる笑顔を見せてくれて、体調も大丈夫そうに思えてホッとして頬はポッとなる。
「初めて呼んでくれたなっ!」
「どんな治療よりも、茉紘に瑛大と呼ばれた事が何よりの薬だっ!」
と、にっこにこの顔で言われて、キュンとなった胸に戸惑う。
「あ、の… だから、僕の… 」
節約丼のせいですよね、と改めて言おうとしたところで、
「茉紘の節約丼のせいなんかじゃないよ、でも、俺の食事の管理をして貰えると有難いなぁ〜」
そう言いながらチラリと僕を見下ろした。
「食事の管理?」
「そう、傍にいて管理してくれる?」
「… 傍に?」
「食事だけじゃなくて、工場は辞めて俺の世話をしてくれる?」
東城さんが望んでいる事は理解出来たけれど、そんな事、おかしいと思った。
「… そんな事… 」
「茉紘が嫌がる事は絶対にしないから」
「嫌がる事?」
「ん?ん〜、そういう、意味じゃないから」
目を泳がせて東城さんは言った。
えっ?そういう意味!?
いや、そういう意味じゃないのか… 本当かな?
疑わしい目で東城さんをチラリと見る。
「信じてよ!絶対に茉紘が嫌がる事はしないって!」
思い切り僕の腕を掴んだから、点滴のスタンドがガシャガシャと倒れそうになって慌てて二人で押さえて笑った。
「でも… 工場は辞めたく無いです」
正直、東城さんが来てくれる日を楽しみにしていたところはあった、だからおかしいとは思いながらも、胸は弾んでトクトク打った。でも寺田君やパートのおばさん達と過ごすのは楽しかったから工場勤務は続けたい。
「じゃあ、工場辞めないで、俺の… いや、用意する部屋に越して来てくれる!?」
今、俺の、って言った?
ちょっと訝しかったけど、僕は、東城さんと今よりも長く一緒に過ごせる事は嫌ではない、というより、むしろ嬉しかった。
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