第二章

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「なすて引っ越すなんかすたの」 「あ… 会社の寮、工場の傍さ出来だんだ、だはんで、そっちの方、綺麗で安ぇはんで」 また嘘を吐いてしまった。引越しをした事をばあちゃんに知らせなくっちゃ、と思って連絡をした。 「携帯電話からだろ?電話代がたげはんで、もう切れ」 「かげ放題だはんで気にすねで」 東城さんが新しいスマホも用意してくれた。 「電話はかけ放題だから、おばあちゃんに声を聞かせてあげて」 そう言って。 「なんぼがげでもただか?そういえば、そったの裏の権蔵さんがしゃべっちゃー」 「裏の権蔵さん?元気?」 「ん、元気いっぱいだ。… 茉紘は?」 「僕は元気だよ。ばっちゃは?」 「わーも元気だ」 声が元気じゃなかったのかも知れない、ばあちゃんが心配そうに訊いた。これ以上話していたら嘘の綻びが出そうだから「へば、電話切るね」と切ろうとしたら 「辛ぐであったっきゃいづでも帰ってごい」 辛かったらいつでも帰ってこい、とばあちゃんが言った。仕事を辞めて帰ったらてっきり怒られると思っていたのに、そんな事を言われて喉の奥がツンと痛くなった。 「辛ぐなんかねじゃ」 辛くなんかないと、僕は笑って「今年のお盆は帰れるかも知れない」と話した。 帰省の為の貯金も貯まったし、今年のお盆は帰ろうと思った。 東城さんはあれから仕事に戻って、マンションには僕一人になる。 それにしても広すぎる部屋に全く落ち着かない。 ダイニングとリビングの窓は壁全面ガラスで出来ていて、開ける事は出来ない。上の欄間窓がスイッチで開けられ、風が入れられる様だった。 大きな公園や少し離れた所に川なんかが見えて東京なのにこんな綺麗な景色なんだな、ホゥっとため息を吐く。 そうだ、と思って東城さんにメールをした。 『今日は夕飯、どうしますか?』 元々は東城さんの食事の管理を頼まれて、ここに越してきた。役目は果たさないと、と思う。 『疲れてるだろう?いいよ、今日は何かデリバリーを取って食べよう』 直ぐに返事が返ってきた。 確かに疲れたけど食事くらいは作れたし、東城さんがここに帰ってきて一緒に食べれてくれるというのがとても嬉しかった。 「ただいま」 東城さんが「ただいま」と言って帰ってきた。トクンとなった胸に戸惑う。玄関まで走って出迎えに行くと満面の笑みを返してくれる。 「茉紘の顔がいつでも見れるなんて、こんな幸せはないな」 そんな事を言われて恥ずかしくなって俯いた。後ろから両肩に手を置いてダイニングへと僕を押しながら東城さんが歩く。 「何、頼もうか?」 「あ、僕、作っちゃった」 来て来て、とキッチンに向かって行き手招きをした。 「カルボナーラサラダ丼」 食材を用意して待っていたけど、東城さんが入院してしまって食べれなかったメニュー。 「へぇー!美味しそうだっ!買い物行ったのか?」 「はい、近くにスーパーがあったので」 「そうか、先に風呂に入っていいかな?汗が凄くて」 「勿論です」 笑顔で答えた。 昨日までとは全く違う暮らしが始まり、戸惑うばかりだったけど、東城さんといると嬉しくて浮かれている自分に気が付いた。
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