第二章

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「僕の… 嫌がる事はこれから、その、しない… んですよね?」 遠慮がちに俯いたまま訊いた。来栖川さんの顔は何だか怖くて見れなかった。勝手を言ってる気がしたから。 「だってその約束で此処に越してきたんでしょう!?」 今まで淡々と感情なしに話していた来栖川さんが、いきなり大きな声で目を大きくして僕に訊いた。 「は、はい… 」 来栖川さんの豹変ぶりに驚いて二、三歩、後退ってしまう。 「何も茉紘さんが遠慮する事なんてないんですよ!」 突然に「野々上さん」から「茉紘さん」に呼び方も変わり、この変化に僕はついていけない。 「全く!男ってこれだから駄目なのよ!目の前の物に我慢出来なくなって手を出すなんて!」 やっぱり知っているのか、昨夜の事… と思って気まずいし恥ずかしい。それにしても最初に部屋に入って来た時とは別人の様な来栖川さんに度肝を抜かれながら、少しずつ僕の足は後ろへと下がって行く。 「もしも〜し!専務?そこにいるんでしょう?」 スマホをバッグから取り出すと、腰に手を当て仁王立ちになり電話を掛けている。 「え?そうですよ、大丈夫ですよ。ええ… え?そう… だから!大丈夫って言ってますよね!」 全く!と言いながら電話を切る来栖川さんをキョトンとして見つめていると、ニコっと、それは美しい、怖い笑顔を見せた。 「茉紘さんの嫌がる事をしてしまったから、此処を出て行ってもいいからと、話しをしてくれと頼まれました」 「え?」 「もう、しなければ茉紘さんは此処にいるんですよね?」 「は、はい… 」 ニコッと今度は優しい笑顔を見せてくれて安心した。 「おー!なんだ、(みお)さん来てたのか」 突然に東城さんが現れて、しれっと話す様子に冷たい視線を送っている来栖川さん。 「私が今ここにいる理由、茉紘さんに話してますから、とぼけたって駄目ですよ、バレバレですよ」 なんで言っちゃうかなぁ〜と言いながらも、気まずそうにも困った様子も見せない東城さんは、やっぱり肝が据わっていると思った。 「茉紘、今夜は昨夜食べ損ねたカルボナーラサラダ丼、楽しみにしてるから」 満面の笑みで、昨夜の事など無かった様な東城さんに戸惑う。 「カルボナーラサラダ丼?」 「ああ!茉紘の作る料理は本当に美味いんだ!あ、今度澪さんも来るといい!」 来栖川さんの横に並び、嬉しそうに話している東城さんを見つめた。外国の映画にも出てきそうな、絵になる素敵な二人の姿にズキンと痛む胸にも更に戸惑う。 来栖川さんを『みおさん』と呼んでいる、秘書と言ってたけど親しいんだな、当たり前かと思って目を伏せた。 なんだろう、僕、変だ。
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