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第三章
「澪さんはね、俺が専務に就任した時から秘書についてくれてるんだ。でも、その前は社長室にいたから優秀なんだよ」
ニコニコと笑って東城さんが僕に話す。
東城さんが優秀というくらいなんだから、それは凄いものなんだろうと察する。
「専務の事は私が新卒で入社した時、小学五年生の時から知ってますから、何でも訊いてください」
笑顔で東城さんを横目で見て、口角と眉をクイっと来栖川さんは上げた。
そんな頃から東城さんを知っているという来栖川さんは、ひと回り歳が違うと言った。すっかり頼りきっている東城さんの来栖川さん掛ける言葉や動作に、何となく胸がモヤモヤした。
その様子を見てか、来栖川さんがニヤリと笑って僕を見たから、直ぐに目を逸らして知らない振りで顔を背けた。
「では専務、私はこれで失礼します。明日は朝一番で役員会議です。その後のスケジュールは… どうしますか?明日でよろしいですか?」
分厚いスケジュール帳を広げながら、仕事の話はやめときますか?という風に一瞬僕に視線を流した。
「うん、明日でいい。ありがとう」
来栖川さんに投げる笑顔を見ても、何だか胸がモヤモヤして少し口が尖った。
「では、失礼します」
来栖川さんが東城さんの胸と肩の間くらいに、そっと右手を置いて少し頬を寄せたから、思わず視線を外し、側にあった段ボールの片付けをしようと慌てて屈み込んだ。
東城さんは男の人が好きなのに、来栖川さんともそういう仲なのかな?胸がドキドキしてじんわりと汗を掻いた。
「何、してんの?」
東城さんが頬を寄せた来栖川さんに訊いていて、がっかりしたように来栖川さんは “はぁ〜〜” っと呆れたように溜息を吐いていた。
屈んだまま東城さん達をそっと見上げると、来栖川さんは僕から東城さんを隠すように背を向けて立ち、ボソボソと耳元で何かを言っている。
ああ〜、あ〜、そうか!と笑って東城さんが「サンキュー、サンキュー」と来栖川さんを抱きしめて背中をポンポンと叩いていた。
何だよ… 東城さんて、いやらしい人なんだ、明らかに機嫌が悪くなっている自分に戸惑う。
「やり過ぎですよ!」
キッと東城さんを睨んで、来栖川さんは「では、ご機嫌よう」と部屋を出て行った。
「女の人は分かんないな、こうすれば良いって言ってたのに… そうすれば茉紘がやきもきするって言うからしたのにさ、何で怒るんだろうな。さぁ、今日はもう予定ないから茉紘の片付けの手伝いするよ」
そんな正直に目論見を話していいの?と思ったけど、来栖川さんの思惑通り、僕はやきもきした。
そう言うと、僕が屈んでいる段ボールの側に座る東城さんを、拗ねたような顔で見たからか、嬉しそうに僕に訊く。
「あれっ!?茉紘、もしかして澪さんに嫉妬してんの!?」
「し、してる訳ないじゃないですか!」
そんな思惑通りに、嫉妬?僕が… ?
でも、このモヤモヤした気持ちとか、澪さんに対する何となく面白くない感情とかの説明がどうにも出来なくて、東城さんの傍を離れてキッチンへと向かった。
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