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キッチンへ向かい、片付けを始めた。昨日は使い方が分からなかったから、持ってきた自分の炊飯器を使ってお米を炊いたけど、用意してくれていた炊飯器は、お洒落でスタイリッシュで絶対に美味しく炊けそうで、蓋を開けたり内釜を持ち上げたりしていると、東城さんがすぐ傍に寄ってきた。
「ねぇ、茉紘、嫉妬してんの?」
まだそんな事訊いてるの?
「してませんよっ!」
少し怒った声で言ってしまってハッとする。
「す、すみません… 僕… 」
「してるんだな、その言い方は〜」
嬉しそうに笑顔で僕の顔を覗き込んだ。
「本当に、してません」
真顔で淡々と言うと、東城さんはガッカリした様にリビングへ向かい、ソファーに寝転んで足を投げ出していた。リビングはダイニングと二段程の段差があって低い。その様子を遠くから少し見下ろして、ふっと笑みが溢れる。
疲れているんだろう、東城さんはいつの間にか寝てしまっていた。静かに寝ている横を通り過ぎる時に、ふと東城さんの口元に視線が行く。
あの口で… 視線が手元に流れ、あの指で… 東城さんにされた事を思い出してしまい、また僕の股間が疼き始めて慌ててキッチンに戻った。
お洒落な炊飯器の説明書を一生懸命読んで、股間の疼きを抑えた。
僕はどうかしている、そう思った。
忙しい東城さんが部屋に来るのは週に三、四日位で、そのうちに僕もここの快適な暮らしに生意気にも慣れてきていた。
「茉紘、引っ越したって?」
「う、うん… 」
寺田くんに話していなかったけど、住所変更やら何やらの手続きで何処かから聞いた様だった。
「どこに?前のトコ、安くて助かるって言ってたじゃん、もっと安いとこ見つけたの?」
「ん?ん… 」
工場の側って言ったら、遊びに行ってもいいかと言われそうだし、どうしようかと困っていたら
「いいな、引越す金あって。俺も引越してぇよ、隣りのカップル、夜の声がデカくてよ」
「やだ、寺ちゃん、聞こえちゃうの?」
後ろからパートの杉山さんが声を掛けてきた。
「寺ちゃん位に若い子にはそんな声、可哀想ねぇ〜」
ふふふっと笑って杉山さんと、もう一人のパートさんが僕達のテーブルに移動してくる。
「ねぇ、二人は彼女いるの?」
「俺?いないっすよ。誰か紹介してくださいよ」
「寺ちゃん、やんちゃぽいからなぁ〜、安心して紹介できない」
「酷いなぁ、俺、真面目っすよ」
不貞腐れて寺田君が口を尖らせて笑っている。確かに、ちょっと不良っぽい感じが残る寺田君は、見た目より真面目で好感が持てるし、僕は寺田君が好きだ、… そういう意味ではなくて。
「茉紘くんは?」
「僕も… いないです」
「茉紘くんなら、いくらでも紹介したいわっ!娘があと十歳若かったらなぁ〜絶対に彼氏になって欲しいもんっ!」
「ひでぇな杉山さん、俺に失礼じゃん。十歳って娘さん、幾つなんすか?」
「三十五歳」
「えっ!?杉山さん、そんな歳の娘さんがいるんすかっ!? 杉山さん、若いっすね」
「やだ、寺ちゃん、何も出ないわよ」
「… 何も出ないんすか、なんだ… 」
「ちょっと!寺ちゃん!」
寺田君と杉山さんの話しを聞いていると漫才の様で楽しくて、もう一人のパートさんと皆で笑った。
引越し先の話が飛んでくれて、ホッとして胸を撫で下ろした。
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