第三章

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今夜は東城さんが部屋に来ると連絡があったから、夕飯の材料を買う為、帰りにスーパーに寄る。 豚肉は疲労回復に良い食材、疲れを取って欲しくて東城さんが来る日はどうしても豚肉のメニューが多い。今日のメインのメニューは豚肉に大葉とチーズを巻いて揚げたもの。 「茉紘、豚肉のメニューが多いな」 やはりツッコまれた。いつか言われるかな?とは思っていたけど、でも豚肉は一番いい。 「豚肉はビタミンB1が豊富で疲労回復にいいんですよ、東城さん、疲れているでしょう?」 「…… ねぇ、いつになったら訂正しなくても瑛大って呼んでくれるの?」 食事を口に運びながら、僕を見ずに不満気に訊く。 「え、と… 」 こんな風に冷たく言われた事が無かったから、少し戸惑った。 「瑛大ね」といつもは笑って訂正させられていた。 大きな広いテーブルを挟んで真向かいに座る東城さんを見つめる。チラリと僕を見ると、また直ぐに目線を食事に戻した東城さんに、胸がチクリとした。 「で?寺田君?のお話しが面白いの?」 今日のお昼の話しが楽しかったので、東城さんに話した。 「は、い… 」 東城さんの声が怒っているから、そんな返事になってしまう。 その後、俯いて黙ったまま僕も食事をしていると、東城さんの視線を感じて顔を上げた。 「俺、ヤキモチ焼いてるから、その寺田君?に」 それだけ言うとまた黙って食事を始めた東城さんが可愛く思えて、ちょっと口元が緩んだ。そんな僕の様子が分かってしまったのか、東城さんは急いで食べ終えるとさっさと食器をキッチンに下げて洗おうとしたから、僕は慌てて後に続いた。 「やめてくださいっ!そんな事、僕がしますからっ!」 「いいよ、自分で食べた食器くらい自分で洗うよ」 完全に拗ねている。申し訳ないけれど、そんな東城さんが本当に可愛かった。 あんなにバリバリと仕事をこなしてリーダーシップを発揮し、社内だけでなく取引先の信頼も厚い東城さんが僕の前では子どもみたいになってて、僕は胸がキュンとなった。 「お風呂、沸いてますから入ってください」 東城さんを身体で押してシンクから離してそう言うと、 「寺田君の事、好きなの?」 僕の顔を覗き込んで訊いた。 「好き、ですよ… 」 「俺の事は?」 「好きですよ… 」 好きの意味が違う… 言った自分にドキリとした。寺田君を好きだというのとは、全く違うのは… 分かっている。 「風呂、入ってくる」 まだ機嫌を損ねている東城さんがプイッと顔を背けて、キッチンから出て行く。そんな東城さんを見て、胸がまたチクリと痛んだ。 寝室のベッドのヘッドボードに背を預け、何やら書類に目を通している東城さん。 僕も風呂から上がり、片付けも終えて寝支度をする。 僕はいつも、前のアパートから寝ていた、ばあちゃんが買ってくれたパイプベッドで寝ている。 一緒に寝ると変な気を起こしてしまうから、自分がパイプベッドで寝ると言った東城さんに「とんでもないっ!」と止めて、そのまま僕が引越し後も、パイプベッドで寝ていた。 東城さんが来ない日は、大きなキングサイズのベッドのシーツに皺が寄らない。 そんな風に暮らし始めて一ヶ月を過ぎようとしていた今日、こんなに冷たくされたのが初めてで、悲しい気持ちで東城さんを見つめた。
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