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唇を閉じたまま口角を上げて、目は優しげに笑って僕を見る来栖川さん。
「専務が帰って来ないのが寂しいですか?」
「いえ、別に… 珍しい事ではないですから… 」
今の答え方は『寂しい』の肯定になってしまったかな、と視線を落とす。
僕はまんまと、東城さんの思惑通りになってしまっているんだろうと思った。でも、東城さんの事が頭から離れなくて困る。
「ご自分で言えばいいのに、ね?」
「いえ、そんな風に思ってません… 」
顔に出ちゃってるのかな、僕。
来栖川さんには何でもお見通しされてしまって怖い。
「あ… 来栖川さんは、東城さんの傍にいなくていいんですか?秘書でしょう?」
結構な割合で東城さんの言付けなんかでマンションに現れる。東城さんの仕事を手伝わなくていいのかな?
「これも仕事ですから」
また、口角を上げ眉もクイっと上げて微笑む。
「専務は正直言って、私がいなくても全然大丈夫なんですよ。何でもご自分でやられるし、まぁ相談相手みたいなものかな?」
そう言いながら僕の隣りに腰を下ろした。
「これから、色々と心を悩ませる事や煩わしい事があるかも知れませんが、専務を信じて傍にいてあげてくださいね」
僕の顔を覗き込むようにして微笑む。
来栖川さんの言っている意味がよく分からなかったけど、小さく頷いた。
この日、東城さんからの連絡はひとつもなくてテレビを見ても気もそぞろな僕。
何度もスマホを見てしまっては、肩を落とす。「おやすみ」のメールくらいくれてもいいのに… 東城さんが恋しくて堪らない。
その夜僕は、いつものパイプベットではなくてキングサイズのベッドに一人で寝た。少しでも枕やシーツに染み付いた、東城さんの匂いを嗅ぎたくて… 。
「何かあった?」
急に寺田君に訊かれてドキリとする。
「な、何かって!?」
「いや、何だかいつもと雰囲気違うからさ」
「違うって!?いつもと一緒だよっ!」
強く言ってしまって、却って怪訝に思われる。
「なに、ムキになってんだよ、なに良い事あったんだよ」
「良い事… なんか、ない、よっ!」
良い事があったように見えているのか、東城さんとの事?良い事、なのか… 考えてちょっとニヤけてしまった。
「ニヤけてんじゃん、女でも出来た?俺にも紹介しろよ」
「寺田君、そればっかりだね」
笑いながら答えると、なんだよと口を尖らせ「女、欲しいなぁ〜」と独り言を言う寺田君と並んでエアーシャワーを浴びて仕事につく。
工場を辞めて自分の世話をして欲しいと東城さんに言われたけれど、仕事は続けたいと話して承諾して貰った。
東城さんが帰って来ない日なんかの、このモヤモヤした気持ちも、仕事をしたり寺田君やパートのおばさん達と話す事で気が紛れて助かっている。
東城さんと関係を持って、逢えない日のモヤモヤが大きくなったのが自分で分かる。
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