第三章

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「昨日はごめん」 次の日の夜、仕事を終えてマンションに来ると、急に帰れなくなった昨夜の事を東城さんが謝る。 「いえ、そんな… 」 帰って来なかった事をあんなに寂しく思っていたけれど、それは出さない。それに、今までだって急に帰れなくなる事は多々あったのに、こんな風に謝られたのは初めてで胸がトクンとなった。 「急に接待が入ってしまってね、茉紘のご飯が食べたかった」 残念そうに言われて、単純な僕はそれだけで満足してしまう。 「茉紘も食べたかった… 」 唇が重なる。腰と頭を抱えられ深いキス。 ダメダメ、ちゃんとしないと、そう思って両手で東城さんの二の腕を掴んで身体を離した。 「なに?どうした、茉紘」 「あ、の… 今日はちょっと手の込んだ料理を作ったので… 」 このままだと、食事もしないで先日のような事をするのだろうと思って、それは抵抗があった。 「そうか楽しみだ、でも先に茉紘を… 」 こうなってしまったら、東城さんを止める事は出来ない、ベッドまで行かずに、リビングで重なる。 仕事の出来る男は絶倫だとパートの杉山さんが言ってた。 本当だ。 東城さんがマンションに帰ってくる日はどんなに遅くなっても、必ず僕を抱いた。いや、僕を抱きたい時はどんなに遅くなっても来るのだと思う。 嫌じゃない、僕を抱いている時の東城さんはいつもとは全然違って荒々しくて激しくて、最初の頃は怖く感じる事もあった。でも… 今は東城さんが帰って来ない日の夜は、僕の身体は寂しくて耐えられなくなってしまっている。 ふと、ばあちゃんを思い出すと酷く後ろめたい気持ちになって何だか辛い。 ✴︎✴︎ 「12日がら夏休みだはんで、そっちに帰るね」 「夜行バス?」 「新幹線だ」 「じぇんこは大丈夫なの?」 「大丈夫だ、貯めぢゃーはんで」 「何日位へるの?」 「17日がら仕事だはんで16日さ帰る」 「そうがゆっくり出来るね」 お盆休みが12日からだから、その日に帰ろうと思ってばあちゃんに連絡した。新幹線で帰ると言うとお金の心配をしたから貯めていたと話した。 「楽すみにすてらおん」 楽しみにしていると嬉しそうなばあちゃんの声にホッとする。何を土産に買って帰ろうかと笑みを浮かべてスマホで検索をした。 「茉紘、お盆休みは九州の温泉に行こう」 「え?」 玄関が開いたのは気付かなかった。 小走りでダイニングに来る気配はして、東城さんが帰ってくるなり声を弾ませて言った。 旅行?東城さんと? 行きたい。知らない所へ東城さんと行きたい、そう思ったけど、 「お盆は… 田舎に帰ろうと思ってます… 」 キッチンで鍋を温めながら、残念な気持ちを抑えて言った。せっかく旅行に誘ってもらったのに、どうしようかと思う。 「そっか… 去年は帰ってないって言ってたもんな、今年は帰らないとか… 」 明らかにガッカリした顔で、声で言われて胸が痛んだ。田舎に帰る日数を減らそうか、僕だって東城さんと温泉に行きたい。 「あ、日程、調整します」 「ん?いいよ、田舎でゆっくりしておいで」 ガッカリした顔が微笑みに変わり、あっさりと言われて少し胸がモヤる。 それに最近は「瑛大」と呼ぶようにと訂正してこないのも、気になっていた。 「瑛大さん」と呼んだら、今でも喜んでくれるのかな? 完全に僕は、東城さんが好きになってしまっているじゃないか。
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