第三章

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明日からお盆休みで田舎に帰る支度をしている。 「新幹線?切符の手配、澪さんに頼むよ」 数日前に東城さんはそう言ってくれたけれど、自分のお金で帰りたい。 「もう手配したので大丈夫です」 笑顔で答えた。 東城さんは昨日から一人で九州に行ってしまった。いや、来栖川さんも一緒なのかな? なんだよ、結局、温泉に行きたかっただけなのか、僕と行きたかった訳じゃないんだと思って悄気る。 「おがえりっ!」 それでも久し振りに見るばあちゃんの顔に途轍もなくホッとして笑みが溢れた。 「疲れだびょん、ゆっくりすな」 こっちが気後れするほどに、ばあちゃんが嬉しそうで、はしゃいでいて今の東京での暮らしに気が咎めた。 「後でみよぢゃんが来るって」 「んだんず… 」 そうなの… と言って顔が少し引き攣った。 「すっかど東京のふとになってまって」 美世ちゃんや近所のおじちゃんやおばちゃん達が集まって、僕を囲んで「垢抜けて〜」と笑いながら肩をぐいぐい押す。 両親とじいちゃんの墓参りを済ませ、ばあちゃんの『けの汁』を久し振りに食べる、やっぱり美味しい。誰かに作って貰う食事をするのも久し振りだった。 東城さんと何処かのお店で食べるのは別として。 星が降って来そうな夜空に、少し涙ぐんだ。 田舎に帰ってきて、ばあちゃんの顔が見れて嬉しいのと、東城さんが恋しいのと… 東城さんに逢いたいのと、このままばあちゃんの傍にいたいのと… 胸が苦しくて涙が溢れた。 「仕事はどうだ?」 「うん、けっぱってら」 縁側で夜空を見上げている所にスイカを持ってきたばあちゃんに訊かれて、「頑張ってるよ」と答える。泣いていたのがバレていなかったか気になった。 「昔はばげにスイカくなってしゃべっちゃーんだべな」 「もう大人だはんでな、おねしょすねべ」 子どもの頃は夜にスイカは食べちゃダメだと言って食べさせて貰えなかった事を笑った。もう、オネショはしないだろうと、ばあちゃんも笑った。 「帰るまで、ゆっくりすていぎなね」 帰るまでゆっくりしていけと、それだけ言ってスイカを置くとばあちゃんは「へば寝るね」と腰を上げた。 去年はスイカを食べなかったな、久し振りに食べて美味しくて顔が綻んだ。 「今日は美世ぢゃんと町さえぐんだろ?」 田舎に帰ってきて三日の朝、起きてご飯を食べている時に漬物を座卓に置きながら、ばあちゃんが言った。 昨日、美世ちゃんが町に行きたいと言い、約束をした。 「そうだよ」 「町は混んでらはんで気つけでね」 それは嬉しそうに、ばあちゃんが混んでるから気をつけてと言う。 「うん」 正直あまり気が乗らなかった。 これが春の事だったらどうだったんだろう、去年、田舎に帰っていたらどうだったんだろうと、ふと思った。 「茉紘くんっ!」 美世ちゃんがお洒落をしてウチに来た。 「あれ、すっかど綺麗になって」 ばあちゃんが、お洒落をしている美世ちゃんを満面の笑みで褒めると、「やだ、ばっちゃ」と赤くなった両頬を手のひらで覆い恥ずかしがった。 「じゃあ、行こうか」 そう言うと 「やだ、茉紘くんたら東京弁づがって!」 背中をバシンッと叩いた。 痛い、女の子なのに力強いな、思わず苦笑いになる。 一時間に一本しか来ない、駅に向かうバスの時間に合わせて家を出た。駅から電車、それで少し大きな町へ向かう。 バスの中でも電車の中でも、美世ちゃんが色々と話し続けた。懐かしい話しや、僕が東京へ行ってからの村の人達の話しなど、嬉しそうな顔をして話す美世ちゃんに、作り笑顔を見せてしまう。 大きな町と言っても東京に比べたら全然小さいショッピングモール。僕も高校の頃はよく買い物に出掛けたのを思い出す。 「茉紘君、何、食べたい?」 美世ちゃんがニコニコと元気いっぱいに標準語で僕に訊くから、ほんの少し驚いた様な顔をしたら、 「わーだって東京弁話せるじゃ」 すぐに津軽弁に戻って、二人で笑った。
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