第三章

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「ネックレスを女性に買ってあげるなんて、茉紘さん、それは恋人同士みたいなものですよ」 穏やかな笑顔で来栖川さんがそう言うと、 「やだ!そった!」 美世ちゃんが真っ赤にした顔を両手で覆って、僕は顔面が蒼白になる。 「そ、そうなん、ですか?… 僕、そんな事知らなくて、高価な物じゃ無かったし… 美世ちゃん、ごめんね、そういう意味じゃないんだ」 顔を覆っていた手を外し、悲しそうな顔をしたかと思うと眉を顰めて、睨みつけて美世ちゃんは僕を見た。 あ… 気まずい空気、やだな。 「さて、茉紘の彼女さんも分かった事だし、帰ろうか。澪さん、迎えの車を頼む」 さっきまでの笑みは何処かに消え、無表情な顔で言う東城さん。 「まだいべさ、夕飯食べてってくださいな」 僕の上司、副工場長だという嘘を信じ込んでいるばあちゃんが、帰ろうとする東城さんをもてなそうと引き留めた。 副工場長じゃない、もっと偉い人だよ、ばあちゃん… 。 「有難うございます、久し振りでしょう?茉紘君と。東京に帰るまで水入らずでお話ししてください」 これ以上ない笑顔を見せた。 頭を下げて、さぁ、と来栖川さんの腰に手を回す。 「あ、あのっ… 」 美世ちゃんとの事を誤解されたままでは嫌だったし、せっかく東城さんに会えたのに、帰ろうとする慌ただしさに胸が痛む。 「ん?」 真顔で振り向かれて、本当に怖かった。 迎えの車が来て、ペコペコとお辞儀をするばあちゃんに「まぁまぁ」と和かな笑顔でばあちゃんの背中を撫で、僕には一瞥を投げて東城さんがズンズンと先に歩いて行ってしまう。 「あんな専務は初めて見ましたよ、面白い」 来栖川さんが笑いを堪えて酷く楽しそうだ。 「よっぽど不愉快だったのね、美世ちゃん?の事」 「……… 」 笑い事じゃない、僕は… 必死だよ、なんとか東城さんの誤解を解きたい。 「専務はね、茉紘さんにベタ惚れなんですから、安心して」 クイっといつもの様に口角を上げて微笑んでくれたけど、そんな安心なんて! とてもじゃないけど、安心なんて出来なくて泣きそうになる。 車が見えなくなるまで、ばあちゃんと美世ちゃんと三人で見送って、「はぁ〜素敵であったね〜」とホワホワした顔で二人は話しながら家に戻って行った。 僕は東城さんの乗った車が去った道をいつまでも見つめていた。 美世ちゃんは彼女なんかじゃないよ… 俯いてまた泣きそうになる。 え? 車が戻ってきた。 忘れ物かな?不思議に思ってこっちに向ってくる車を見つめる。 東城さんは車から降りると怖い顔で僕の背を押し、誰の目にもつかない場所へと追いやる。 「本当に、ネックレスを買ってあげた事に意味はないのか?」 顔が怒っていて怖かったけど、 「え?本当ですよっ!そんなの知らなかったですよっ!それに千五百円だったから、別にいいかと思って… 僕には、アイスやクレープなんかを買ってあげるのと同じ気持ちで… だからっ… 」 必死に言い訳をして、涙が出てきてしまった。 「ごめん… 泣かないでよ」 東城さんは僕に泣かれるのが弱い。だから極力、東城さんの前では涙を見せない様にと気をつけているけど… 唇に東城さんの唇がそっと触れて、余計に涙が溢れた。 「僕、もう明日、帰ります」 帰る予定は明後日だったけど、なんなら今すぐにでも一緒に帰りたい、東城さんの傍にいたい。 「誤解してごめん、おばあちゃんが寂しがるから予定通りに帰っておいで」 僕の頬を優しく何度も撫でてくれる。 僕はもう、東城さん無しでは駄目になりそうだった。
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