第一章

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「あ〜卵が漏れてエコバック、もう駄目かなぁ」 部屋に着いて台所で、大半割れてしまった卵のパックを静かに取り出しながら一人でぶつぶつ喋っているとテーブルに置いてあったハガキを手にして、 「茉紘(まひろ)ってこう書くんだ」 「うん、女の子みたいって言われる」 軽く笑って答えると、 「俺の瑛大(えいだい)はこう」 とスマホに書いてある自分の名前を見せに来る。 さっきまで、泣いてしまう程に嫌だったのに今は少し楽しい。 この部屋ではずっと一人だったから、僕以外の声がするのが嬉しく思えた。 玄関を開けると直ぐに狭い台所で、奥に六畳の畳部屋があるだけの部屋。生意気にもお風呂とトイレが付いている。築五十年のボロアパートだったけど、月に3万円の家賃が限度だったから、そんな物件があっただけ幸運だった。 一人なら充分だったけど二人になるとやっぱり狭く感じる。 東城さんは高そうなゴツい時計をしていて、僕にはきっと一生縁が無さそうな光沢のある煌びやかなスーツに身を纏っている。僕はといえば、ただの白いTシャツに古びたGパン、急に恥ずかしくなってきた。 「あ、僕の家も分かったし、もういいでしょう?」 帰ってもらいたくて、遠回しに言った。 「夕飯、何作るの?豚肉、使う?」 「あ、… もやし、丼… 」 「玉葱も買ってたな、それも入れるの?」 「う、うん… 」 恥ずかしかった。 節約してお金の掛からない夕飯。豚肉を見ていたのは、それに入れての贅沢、でも諦めた。 「あ、豚肉を入れるか入れないか、それで悩んでやめたんだな!」 当たっただろう!と無邪気に笑う東城さんは、最初の印象とはまるで違った。 「豚肉、入れようよ」 自分が買った豚肉のパックをいつの間にかエコバッグに入れていて、中から取り出した。 「あ〜卵が付いちゃってる」 眉を下げて、大笑いをしている。 「でも… 」 東城さんが買った豚肉で、さっきまで邪険にしていた事を思い出してばつが悪い。 「俺にも、ご馳走してくれる?」 笑顔で僕の顔を覗き込んだ。 ✴︎✴︎ 「美味い!美味いよっ!」 豚肉の入った贅沢なもやし丼を、それは美味しそうに東城さんは食べている。冷蔵庫に野菜が残っていたから、それを入れて味噌汁も作った。 「茉紘は料理が得意なんだな」 誰かがこうやって美味しそうに、喜んで食べてくれてとても嬉しかった。いつも、見てるんだか見てないんだか分からないテレビを点けて、黙々と食事をしていたから、目の前に誰かがいるだけで何十倍も美味しい食事になった。 田舎のばあちゃんも、一人でご飯、食べてるのかな?不意に気になった。いや、近所の老人(なかま)達が集まって楽しんでるか… 思い直して笑みがこぼれてしまう。 「どうした?」 笑っている僕に、東城さんが眉を上げた。 「いえ、今日のもやし丼は、豚肉が入っているので本当に美味しいし、嬉しいです」 僕は嬉しくて、顔を綻ばせながら丼を掻き込んだ。
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