第一章

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「ねぇっ!茉紘くん、イケメン専務と話してたって?」 パートのおばちゃん達が大騒ぎをして僕を囲んだ。 イケメン?確かに、すこぶるイケメンだったな、囲まれながら東城さんの顔を思い返す。 「班長が言ってたわよ〜。何だか親しそうだったって」 「親しくなんかないですよっ!」 変な噂が立ったら困る。はっきりと否定したが、おばちゃん達は大盛り上がりをしている。 「専務って?あの大学生で専務になった四代目?」 寺田君が横から話し掛けてきた。 「寺田君、知ってるの!?」 僕は専務の事など知らなかったから、驚いて訊いた。 「うん、知ってるよ」 当然だろ、と少し小馬鹿にした様に僕を見る。 「凄い切れ者で優秀だって、大学在学中にもかかわらず専務に就任したらしいよ」 得意気に説明してくれた。 とは言え、そんな話しもパートのおばちゃんから聞いた様だったけど。 「仕事しろ〜」 班長が遠くで叫んでいて、皆、慌てて持ち場についた。 その日の昼休みは専務の話しで持ちきりになる。 なんでも、大学に入ってから社長の息子である事は伏せて、工場の全部門をバイトで働き、三年生になった時に専務に就任すると様々な箇所を改善したと聞いた。 「この食堂も専務がリノベーションしたのよ」 確かに社員食堂は、お洒落で居心地がいい。モチベーションアップと職場の活性化を狙っての事だと、杉山さんはあたかも自分がしたかの様に得意気に話す。 「前はねー、食堂、全然美味しくなかったし汚かったしで、私は来てなかった」 でも今は毎日来る、と笑っている。僕が入社する少し前にリノベーションされたらしく、これが当たり前だと思っていたけど違ったんだ。 休憩もかぶらない様にと、部署毎に交代で変えているのも東城さんが決めた事らしい。 凄い人なんだ、そう思ったら雲の上の人の様に感じて、自分には関わりがないだろうと妙に安心した。 ✴︎✴︎✴︎ 「遅かったじゃないか、残業か?」 家に帰ると玄関で、レジ袋を提げた東城さんがニコニコして立っていた。 ボロアパートに高そうな煌びやかなスーツが似合わな過ぎているし、尖った靴のつま先がシャープにデキる男を強調していた。 「何、してるんですか?」 「今日、来てもいいって言っただろ?もやし丼、作って貰おうと思って、ほら」 そんな事言ってない。「明日行ってもいいか」と東城さんは訊いたけど、いいなんて言ってない。 無邪気にレジ袋の中を見せる。もやしと玉葱と卵、それに豚肉もあった。 今日はスーパーで弁当が半額になっていたのでそれを買ってきていて、見られたくなくてエコバッグを背中に隠した。 「あれ?買い物行ってきたの?今晩、何にするつもりだったんだ?」 僕の背中に顔を覗かせて「じゃあ、今夜はそっちのご飯を貰おうかな」と嬉しそうに笑う。 そういう趣味ないって言ったよね、関わりたくないって、僕はハッキリ言ったよね、そう思って眉を顰めた。 でも… 悪びれもせずにニコニコとした顔に、またキツく言うのは何だか気が引けた。
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