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「料理研究家の小谷春香さんは頑張ればきっと連絡つくとして…。フランスのフォルゼンなんて、パン職人って事ぐらいしかわからないし」
膨大な量の忘れ物を広げ、名前を書いたメモを付けながら悩む。
シズさんはこれが誰のものか全てを覚えており、名前で片っ端からネットで検索をかけるが、あまりにも有名な女優さんの名前を出されると、本当か疑ってしまう。
「確かにこの女性じゃ。おーおー、お互い歳を取ったのぉ」
シズさんは佐伯さんの大きめのタブレットに表示されている、有名女優の若かりし頃と今の画像を見て懐かしむ。
「話には聞いとったが、こんなもんで色々調べられるとは…面白いのぉ」
「荷物の中に個人情報となるものは?免許証とか」
「いや、中はほとんど見とらん。まさか返せるとは思っとらんだでな」
「それにしても…70年分の忘れ物を返すって大変よね。取りに来て貰えると助かる…」
「そうだね、取りに来てもらおう」
佐伯さんが何かを思いついたようだ。
5月に開催された写真家佐伯涼雅の個展では、シズさんの写真をメインにした。
パンフレットにもシズさん、そして特大パネルも設置した。
(当然、わが社をご利用していただきましたが。)
『私に会いに来て』とメッセージも添えて。
妖精界での写真を使うと「これはどこ?」と聞かれるのはマズイので、個展用の写真として新たにシズさんを撮った。
それまでにもSNSを利用して個展の案内がてら、シズさんの写真とメッセージを世界中に拡散依頼した。
シズさんは一時、「このおばあちゃんは誰だ?」と時の人となった。
おかげで世界中から妖精界経験者が佐伯さんを訪ねてきて、夏になる頃には手元の3分の2の量の忘れ物をご本人へ届けることが出来た。
シズさんは皆に会えて「やっと悪夢にうなされない眠りが出来た」と独り言の様に呟いた。
妖精界に残ったエネルギーの塊が、消えた人間が人間界へ戻っている証拠だったと確信が持てた今、それを邪悪な妖精へ差し出していた時の罪悪感が払拭されたのだろう。
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