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ついに国民の不満は爆発した。マイマイ王国の大多数であり下級国民である右巻き貝殻族・左巻き貝殻族だけでなく、中間の左右巻きサンゴ族までもが蜂起に加わった。これには右巻き大理石族も目を回した。右巻きサンゴ族までならばともかく、左巻きサンゴ族は近年多くの下院議員を輩出している。これの武装蜂起とはすなわち王国議会の崩壊である。
右巻き大理石族たちも国民に同情していないではなかった。乾いた生活を強いている自覚はあった。しかし、そうでなければバアド大帝国に対抗叶わぬのだ。
「国王はどこだ!」
「玉座から引きずり落とせ!」
「さがれさがれ! ここは神聖な議会場だぞ! 議員以外は立ち入るな!!」
「やはりサンゴ族など議員にするべきではなかったのだ。貴様ら、全員投獄してくれる!」
「なにが議員だ! なにが大理石族だ!」
「マイマイ王国民はすべて、はじまりのカタツムリの子孫! 殻と巻きが違うくらいでえらそうに!」
ノタノタノタッ! 槍を持って各階級の国民たちが議会場で暴れまわる。その混乱極まる議会場から、そっと立ち去る者がいた。右巻き大理石族出身の若手議員である彼は、現国王の親友であった。
実のところ、彼こそがこの蜂起の手引きをした黒幕である。そして近年の、まるでバアドに侵攻の隙を与えんとしているかのような政策の数々に反対し、国王を説得し続けていたのもまた彼であった。白亜の議会場で槍を握りしめる彼は、誰よりも早く国王を見つけ出そうと駆けだした。
「そこの君。国王陛下は私がお守りする。議会場の混乱鎮圧に加わってくれ」
声をかけられた右巻きサンゴ族の警備員がノタッと立ち去る。しかし、彼はふと振り返り、若き議員に問いかけた。
「……その、一つよろしいでしょうか」
「なんだね」
「今日の混乱が収まれば、陛下は、以前のように国民を思いやる政治を思い出してくださるでしょうか」
「そのために、私が行くのだ」
力強い言葉とは裏腹に、彼の目は悲しみに滲んでいた。警備員は、彼こそが議会で国王の政策に異議を出し続けている議員であることに気付いた。彼らが殻の柔らかな頃からの親友であることも知っていた。敬礼を取り、警備員は今度こそノタノタと議会場へ向かった。
国王がいたのは庭園だった。議事堂外周の最も乾燥した区画にせめてと花を植えただけの、あまり寄りつく者のいない場所である。彼はそこでゆさゆさと体操をしていた。
「我が友よ。議会場の混乱をご存じか」
「ああ、我が友よ。うん、混乱? 混乱しているのか。ではみんなで体操をしよう、気分がよくなるぞ」
「……友よ。なぜそうも変わり果ててしまったのだ。殻の柔らかき頃、二人で語った夢を忘れたのか?」
背負う殻に関係なく、誰もが豊かに生活できる国を。語り合い、誓い合ったはずの夢だ。しかし国王は、うーんと、ただ伸びをするだけだった。若き議員は落胆した。以前の彼はこうではなかったはずだ……
目からあふれる涙が議員の体を潤していく。
「君に、いったい何があったんだ。大理石族の中でも滅多に生まれない左巻きの君よ。しっとりと輝く君の知性はどこに行ったのだ。この数年の益体なき政策で我が国はもうボロボロだ。少し前までは、右巻き貝殻族もわずかの節約で天然石灰岩を食べられるほど豊かだった。それがもはや、少しいいコンクリートですら彼らには天上のものになってしまった。暴動が起きるのは当然だ。……君ならばこうなることくらいわかっただろう」
「うーん? うーん?」
親友の切々とした訴えにすら、国王耳を貸す様子を見せなかった。ゆさゆさと体操をしている。さめざめと涙しながら、彼はぎうと槍を握りしめた。潤った体で音を立てず、皇帝の背後に忍び寄る。これが最後だ――、そう思いながら、在りし日の友情にかけて、一つの問いを口にする。
「友よ。もしや、もしや、君は……、虫喰いではあるまいな?」
その瞬間、国王の体がビタリと止まった。ぎゅんと振り返る。
「なにを言うか。違うに決まってい」
言葉は最後まで紡がれなかった。彼は、振り返った瞬間に確かに見えたのだ。親友だった者の片目に潜む、ありえざる色彩を。
国王の目を貫いた槍の先には、包袋の虫がぶら下がっていた。マイマイ王国を食みながらバアド大帝国庇護下で悠々と生きる、憎きセンチュウ民族の工作員だった。
「友よ、なぜ…… いつからそのようなものに蝕まれていたのだ。いつ、私は君を守ることに失敗していたのだ……」
背後から、ノタノタノタッと集団の迫る気配がした。じきにこの現場は誰かに見つかるだろう。国王を蝕んでいたものの正体も露見する。そのあとのことは彼にはわからなかった。ただ、センチュウ民族とバアド大帝国の間で、国を守り治められる殻を持つ者がもはや国内にいないことだけは確かだった。
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