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「あれ……_?」
その時、千葉さんの息子が声をあげた。
「どうした?」
千葉さんの旦那さんが聞く。
「今、ママの匂いがした気がする」
「じゃあ、帰ってきてくれたのかもな。お前のハンバーグに誘われて」
旦那さんは息子に優しく答えた。
号泣する千葉さんだが、二人にその声は届かない。千葉さんはガイドに導かれて俺たちの元に戻ってきた。俺たちも思わずもらい泣きをしていた。
「しかし、どうして離婚届なんだい?」
死装束姿の石田老人が千葉さんに聞いた。
「夫は私の病気が発覚するまでは仕事人間で家庭のことは顧みず、何度離婚しようかと考えたかわかりません。それでこっそり離婚届に自分の署名をして用意していたんです」
千葉さんは涙を拭きながら説明してくれた。
「ところが、5年前に私の病気が発覚してからは改心して、とても優しい夫になってくれて……。そんな夫がもし、捨て忘れていた離婚届を見たらどんなに悲しむかと思ったんです。これで思い残すことはありません。ありがとうございました」
千葉さんはガイドに頭を下げた。
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