4.離婚届

2/2
前へ
/16ページ
次へ
「あれ……_?」  その時、千葉さんの息子が声をあげた。 「どうした?」  千葉さんの旦那さんが聞く。 「今、ママの匂いがした気がする」 「じゃあ、帰ってきてくれたのかもな。お前のハンバーグに誘われて」  旦那さんは息子に優しく答えた。  号泣する千葉さんだが、二人にその声は届かない。千葉さんはガイドに導かれて俺たちの元に戻ってきた。俺たちも思わずもらい泣きをしていた。 「しかし、どうして離婚届なんだい?」  死装束姿の石田老人が千葉さんに聞いた。 「夫は私の病気が発覚するまでは仕事人間で家庭のことは顧みず、何度離婚しようかと考えたかわかりません。それでこっそり離婚届に自分の署名をして用意していたんです」  千葉さんは涙を拭きながら説明してくれた。 「ところが、5年前に私の病気が発覚してからは改心して、とても優しい夫になってくれて……。そんな夫がもし、捨て忘れていた離婚届を見たらどんなに悲しむかと思ったんです。これで思い残すことはありません。ありがとうございました」  千葉さんはガイドに頭を下げた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加