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八、五月十三日 水曜日 十五時
サヤカのウエイトレス姿はみんなから好評だった。
「あら。新しいバイトさんを入れたの? いい子でない」
「可愛いね! これからずっとこの店にいたらいいっしょ」
「マスターも隅に置けないんでないかい? どこでこんなキレイな子見つけたのさぁ?」
いい歳をしたおっさん、おばさんに口々にほめられ、サヤカはそのたびに嬉しそうに頬を染めた。その感じが初々しくて、またほめられる。そのたびに、貴広はうっとうしい当てこすりをされる。
ブラウスのフリルがエプロンからのぞいて、顔周りの空気感がなんというか、華やかというか、……甘い。
トレイを持って店内を移動するときも、スカートの襞がゆらめいて、きびきびとしたお仕事スタイルなのに、ついその下の脚の動きに目が行ってしまう。
一挙手一投足が、ひと目を惹く。
美しいフォームだった。
こんなキレイな子に、自分と共通する遺伝子が、本当に何分の一かでも入っているのだろうか。貴広は疑問に思った。
だが、虎之介は、写真を見た限りだが、新劇俳優を目指しただけあってそこそこ美形と言えなくもない。さらに言えば、サヤカとは生物学的つながりの一切ない、祖母の麗子は美人だった。
自分の容姿は、誰に似たんだろう。もう少し美しく生まれてもよかったのではないか。ちょっと不満だ。実際のところはどうなんだろう。自分のことは低く見積もりがちだ。今晩良平に聞いてみよう。
ひとから見て美しくあるというのは、どんな心もちがするものだろうか。
サヤカは、自分の器量を最大限に活用して生きている。それは間違いない。この店に来てからの図々しい態度がそれを物語っている。
そう。客観的に見れば「かなり図々しい」ことを言ったりやったりしているのに、不思議と憎めない。自分は愛され、許されることを、一瞬たりとも疑ったことのない……。
(「一瞬たりとも」……?)
そんな人間、いるか?
少なくとも、自然ではないような。
(自然……)
何かが引っかかる。
「いらっしゃいませー!」
サヤカがカランと鳴った鐘の音に反応して笑顔を向けた。入ってきたお客さんにお冷やを出そうと、カウンターにタンブラーを取りに来た。
トレイを持って客席へ向かうサヤカの姿は、背筋がスッと伸びて爽やかだった。
書籍の類いがあるとしたら、店内の書棚しかない。
貴広がいくらそう言っても、サヤカは納得しなかった。建物中、自分の目で見て回らなければ気が済まないかもしれない。
「ほかにおじいさまのものが残っている可能性のある場所は、ありませんか?」
「可能性ね……」
貴広は車庫の鍵をサヤカに手渡した。
「俺がここを引き継いだときに片付けたし、そもそもよく整理されてたから、ないと思うけど」
誰かひとが亡くなったら、そのひとの所有していた動産・不動産を整理して、残されたひとで分け、その取り決めを裁判所に報告しなければならない。それが遺産分割協議書だ。そのとき、財産の金額によって相続税を納める。
だから、祖父が亡くなったとき、貴広も祖父の持っていたものをすべて確認し、書面を作成した。相続税を支払う最低額に達しない、つつましやかな相続だった。痛くもない腹を、いつまでも探られ続けるのは面白くない。
ただ、センセエの言うように、分からないひとが見ても金目のものだと判別できないこともある。昔の台本なら紙質だってよくないだろうし、そのときの貴広がガラクタと思ったのなら、処分したことすら記憶に残っていないかもしれない。
根負けした貴広は、「そこまで言うなら」とサヤカに、店の裏についている小さな車庫の鍵を渡した。車が一台入るささやかなものだが、一応少しはものが置ける。そこにだって書類の類いは置いてないが、店内で食い下がられるのも煩わしい。いくら接客に支障を出してないとは言え、だ。
店からは、車庫の出入り口は見えない。防犯のため、くれぐれも鍵のかけ忘れのないようにとサヤカには言って聞かせた。盗まれるようなものはないが、他人に忍び込まれたり、火を付けられたりしては困る。犯罪はなるべく防ぐべきだ。
サヤカはぴょこんとおじぎをして、貴広に礼を言った。
「ありがとうございます! 行ってきます」
軽々とした足取りで扉に向かうサヤカの背に、貴広は、
「お礼を言われても……そこにだって何もないよ」
と念を押した。サヤカは「はーい」と明るく答え、軽やかな足取りで出ていった。
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