十二、五月十四日木曜日 十二時

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十二、五月十四日木曜日 十二時

 今日の人数は……七人か。貴広は頭の中で卵の数を計算した。チキンライスを包むオムレツは、ひとり二個分ではちょっと多くてうまく扱えない。  量が多くなるので、ライスは二回に分けて炒めることにした。  貴広は自分に突き刺さる視線に耐えきれず、「みなさん、少し早いですけどお昼にしませんか」と誘ったのだった。常連さんたちと囲む「喫茶トラジャ」のランチと言えば、特段のオーダーがない限り、オムライス一択だ。  フライパンを熱したところに、バターとサラダ油を半々に入れる。そこへタマネギを炒めて、香りが出たらほかの具材を炒め合わせる。炊いたご飯はその後だ。  カスガ・フーヅから仕入れた調味料を、教えてもらった通りの配合で混ぜ合わせて味をつける。ここまでは、祖父もカスガさんから同じように教えてもらって、材料もカスガさんから仕入れていたから、間違いはない。  赤みのついた炒め飯を脇へよけて、別のフライパンを火にかける。卵専用のフライパンだ。  貴広は卵をボウルに割り入れ、塩・こしょうをした。カシャカシャと混ぜていると、いつの間にか寄ってきていたサヤカが「あら……?」と漏らした。 「何? サヤカさん。どうしたの?」 「マスター……そのぉ」 「うん?」 「牛乳、入れないんですか?」 「牛乳!?」  おっさんたちがわさっと一斉に立ち上がった。 「牛乳入れるの? 卵液に?」 「え……まあその、入れなくてもオムレツはできると思いますけど、わたし、以前バイト先で牛乳をほんの少し垂らしてるのをよく見かけていたので」  ごいんきょが大きくうなずいた。 「そういえば、テレビで見たことがありますですよ。サスペンスドラマでしたかしら、隠し味でシェフがオムレツに牛乳を入れるシーンを」 「え? ホントですか」  貴広は急いで頼んだ。 「良! 冷蔵庫から牛乳取って」  言われる前に良平は動いていた。素早く冷たい牛乳パックを貴広に手渡す。  フライパンは温まりつつある。のんびりしてはいられない。 「このくらいかな」 「は、はい。ほんのひと匙程度でした」  新しい隠し味が加わった卵液を鍋に流すと、ジュッと景気のいい音がした。ここのところ、毎日オムライスを作っている。手際もすっかりよくなった。  上がった端から皿をカウンターに上げていった。貴広の作業を見守る常連さんたちに、良平がひと皿ずつ大事そうに運んだ。  みんなの前にオムライスが行き渡った。しんと鎮まった店内に、スプーンが皿に触れてカチャリと言った。 「これ、だ……」  今日のオムライスを口に入れたセンセエが、思わずそう漏らした。 「そうそう、これですよ! マスターのオムライスは、確かにこの味でございました!」  ごいんきょも嬉しそうにそう叫んだ。  貴広は緊張しながら卵を破り、ライスと絡めてそっと口に運んだ。  ふわっと卵の甘い香りが立って、ないはずの古い記憶が呼び覚まされるような気がした。 「…………うまい」  思わずそう漏らした貴広の背に、カウンターの中で立ったままオムライスを頬ばった良平が、ドンとその頭を押し当てた。  そうか。隠し味は牛乳だったのか。  ようやく「喫茶トラジャ」は「看板メニュー」を取り戻した。
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