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四・五 居住スペースのソファの上で
細くて急な階段を昇ると、祖父母が住んでいたこぢんまりとした居住スペースだ。今は貴広が良平とふたりで住んでいる。
「はああああ」
「疲れたあ」
貴広がソファに倒れこむように深く座ると、良平も同じように貴広にもたれ倒れこんできた。
「良、お前も疲れたか」
「当たり前でしょ。何だよ、あの女。いちいち貴広さんにベタベタして。イライラさせられると余計疲れんだよ」
うわあ。普段良平がこんなに素直に気持ちを口にしてくれることはない。
貴広は良平の身体に腕を回した。
「何だよこの腕」
「嬉しい」
「は?」
「良がヤキモチ焼いてくれるなんて……今俺、あのサヤカさんに感謝しそう」
「止めてよね、冗談でも」
良平は貴広が喫茶トラジャを継いですぐ、迷い込んできた小鳥だった。良平が陥っていたトラブルを整理、解決してやり、良平はそのままこの店に居ついた。そして、店を手伝いながら大学に通っている。大学まではJRで二駅。自転車を使ってもすぐだ。
良平は上目づかいに貴広をにらみ、貴広の頬を両手ではさんだ。
「台本なんてなかったよ。あの女、ウソを言ってるんだよ」
貴広は良平の腰を抱いたまま、その言葉に大きくうなづいた。
「そうだな」
「あいつ、俺たちのこの部屋にも上がりこんでくる気満々だよ。俺、イヤだよ。貴広さんと俺の住むこの部屋に、あんな女に乗り込まれるの」
「ふふふ」
「何笑ってんだよ」
「しーっ。大きな声出さないの。下に聴こえるよ」
貴広のニコニコ顔に、良平は慌てて口をつぐんだ。
「もう。何だよその余裕」
良平は貴広に抱かれたまま、悔しそうに下を向く。
「だってさ、あんまり良が可愛くて。普段、そんな可愛いとこ、なかなか見せてくれないじゃん」
「うー」
貴広は良平の身体に回した腕に力を入れた。良平はパタリと素直に貴広の胸に納まる。貴広は良平の背を優しくなでた。
「大丈夫だよ、良。彼女はこの部屋には絶対入れないから。安心おし」
貴広はそう言って良平の額に唇を当てた。良平の背骨がきゅっと反った。
「…………シャワーしてくる」
良平は貴広の胸を押し、身体を起こした。
貴広はクスクスと笑って「今日は大人しくな。下に聴こえるぞ」とからかうように良平に言った。
良平は首から上を真っ赤にして、貴広をにらんだ。
悔しそうに唇をかんで。
貴広はそれを見て、またクスクスと笑ってしまった。
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