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 居留地と元町の境界線でもある堀川に沿った道では、雑多な国言葉が入り混じる時間がある。西の挨拶や東の労い、遥か海の彼方では育まれた言葉も紛れ込む。恭造はその喧噪を厭うように足を速め、人ごみから抜け出した。  季節の変わり目でいささか気温は低いが、賑々しさが増してくる頃でもある。ひと頃道に溢れた国言葉は、やがて通りに沿って並ぶ店へ流れて消える。周りで聞ける言葉が少しずつ違うのは各地から何かを求めて人が集まってくる江戸と似ているが、海を越えてやってくる商人や職人の、やたらと勝気な声が入り混じるのは、海を埋め立てて造られた居留地の狭小さを超えた壮大なものを感じさせた。 (斗南にも港はあるか……)  なまりの強い声に、恭造は二人の兄や父が渡ったはるか北の藩に思いを馳せた。彼らの消息や藩の運営についての事情はほとんど聞こえてこないが、石高を三分の一に減らされた上に未開の地をあてがわれているのだ。内情は決して楽ではないだろう。そう思えば少しだけ、今の暮らしに救いを感じることができた。
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