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 川沿いを歩いていくと、元町と居留地をつなぐ車橋にたどり着く。日本人は自由に行き来できるが、外国人は居留地の外で仕事や居住ができず、出入りのたびに免状を運上所で見せなければならない。旧幕時代の関所のようだと思いながら、何か手続きをする白人の一団を横目に歩いた。  川向こうに渡ると、道沿いの風景は大きく変わる。横風に強そうな煉瓦造りの建物は消えて、薄汚れた壁の長屋が目立った。恭造は目印にしている長屋の陰に入って裏店が並ぶ道を進む。粗末な戸に手をかけた瞬間、向こう側に人の気配を感じた。  まだ寒さの残る時期に、人に迎えてもらえるとわかったことで温かな気持ちになれたことが懐かしく感じる。小さくため息をつくが、進まないわけにもいかず暗い土間へ踏み込んでいった。 「早かったのね」  そう言って迎えた奈緒の声に疎んじるようなものを聞き取り、恭造は六畳間に荒っぽく座った。 「そう簡単なことじゃねえ、それより茶を淹れてくれ」
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