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翌週、私は宝物をもって講堂に行った。
教壇側から彼の姿を探すと、やっぱり彼は後ろの列を陣取っている。けれども今日は私の方を見てくれている。私は嬉しくて片手を上げて彼の席に向かおうとした。
その時、後ろから来た誰かの肩がぶつかって、階段に足を引っ掻けてしまった私は、前のめりに倒れて両手をついて転んだ。
「ごめんね」
ぶつかった男子学生は私の腕を引いて起こしてくれて、大丈夫?と聞いてくれた。
頷いたけど、バッグの中身が階段に散乱している。
ペンケース、ノート、スマホ、タブレット。化粧ポーチ…
彼は一緒にかき集めてくれたあと、後ろの座席に向かっていった。
バックに戻したものたちを確認する。
ひとつだけ、ない。
宝物がない。
そのとき上から足音が近づき、遠野くんが私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?なにか見つからないの」
私は口を開いた。
動揺してしまって、言葉が出ない。あっ、あっと顎だけ動かして言葉を発しようとする。けれどもそうすればするほど、喉に言葉がつかえてでてこない。
遠野くんは階段を這うようにして落ちているものを拾い始める。
「これ?なわけないよね」
お菓子の袋を差し出してから力なく笑った。
再び床にお腹をつけて進み、座っている女子学生の足の下に手を伸ばす。
「きゃっ」
「ごめん、ちょっとここに落ちてるものを拾わせて」
遠野くんは一度起き上がって女子学生に言うと、階段に這いつくばって椅子の下に手を突っ込む。
「これ?」
遠野くんは立ち上がって、つまんだ消しゴムを自分の顔の前に掲げた。
そこで初めて消しゴムをまじまじと見た遠野くんの頬が、みるみるうちに赤くなる。
台形に折れた消しゴムには、ユズキ、の文字。
「これは僕の消しゴムの、半分…」
そう言って、遠野柚希くんは、私を見つめた。その目にみるみる、暖かさがにじんでくるようにみえた。
「三木、三木彩音?」
私はうなずいた。思い出してくれたんだ。嬉しさが涙とともにこみ上げた。
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