月明かり

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 小屋に用意されていた簡素な四台のベッドで、ようやく銘々が眠りについたのは夜半過ぎであった。イワンも、夏用の薄掛けにくるまって横になっていた。しかし頭は冴えわたって、さっぱり眠気の訪れる気配はない。自分の中では昂奮がまったく冷めていないことを感じながら、月明かりに浮かび上がる物の輪郭を凝視していた。  しばらくすると、他のベッドからは寝息やいびきが聞こえ始めた。  それでも、とうとう、まどろみがきた。このまま寝入るのだと悟ったそのとき、月明かりが眩しくイワンを照らした。  イワンは幼少の頃より、何かと身体感覚をともなった幻覚を見る癖があった。あるはずのない人影、あるはずのない声。あるはずのない建物や山々。それは全く恐ろしくはないばかりか、この世にいてあの世を見るごとき感銘をいつも彼に与えるものだった。だから、月明かりが眩しいほどに感じられたとき、むしろ彼はそれを期待をもって迎えた。予感がする。が来る。  彼の予感は当たった。しかも彼が期待していた以上に。  月明かりが翳ったと見た途端、窓枠の中に細い人影が現れた。影であるが、それが若い女性であることを彼は見てとった。そして、自分を呼んでいるということを。彼は薄掛けを払いのけ、他のみんなを起こさないように静かに床に降りて、画架と画材を手にそっとドアの外へ出た。  彼には分かっていた。現れた女性の求めるものが。
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