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「そうだよね、本当にもう。何なのあいつら。てか、別に二人の間で何があっても構わないけどさ。お互いの合意の上でなら、それはもちろん自由だし。そりゃ、わたしたちには何の関係もない話だけど」
そこまで口にして一瞬ちら、とさっき聴いた二人の甘い喘ぎが絡み合う様子が耳の奥に蘇った。
「ああいうの、わたしは正直何の知識もないからよくわからないけどさ。…あれってさすがに完全に和姦だよね?特別にだりあの方がとりわけ不本意そうとか。そんな風には感じなかったけど、それで合ってると思う?奥山くん的には」
一応、念のため。と思って確認してみると、夜道の暗さの中でもあからさまにはっきりわかるほど彼の耳が真っ赤に染まった。…なんか、悪いこと訊いたかな。
「わ、かん。…ってそんな言葉。えーと、羽有ちゃん、使っちゃ駄目だよ。もっと、そう、柔らかい表現あるでしょ。愛があるとかさ。二人は両思いだろうとか」
「まあ、婉曲に言うとそういうことだよね」
急にやけに少女漫画チックになった。両思いだからってみんな他人の部屋でいきなり発情してぎしぎしやり出すわけじゃないと思うが。
「てか。さっきのってだりあと、相手は越智で間違いないと思う?わたしの思い込みじゃないよね。あの子がよく知らない男に酷い目に遭わされてたとかではなかった、って勝手に判断して出てきちゃったけど。…確か名前呼んでたし。奥山くん、聞こえてた?」
「う。…まあ。特に耳を澄ませてたわけじゃない、けど」
彼の脳裏に何が蘇ったのか、さらに顔を真っ赤にして曖昧な声でごにょごにょと弁解気味に呟く。そうだよね、木村とか越智くんとか。だりあって呼んでとか、あとそうだ、ユウキとか呼び合ってた。越智ってそんなファーストネームだったっけか。…普段呼ばないから、下の名前で。
「そしたらまあ。好意を抱き合ってる同士なのは確かだよね?だからといって何をしてもいいとはならないだろうけど…」
じっとさっき耳にした声だけのやり取りの様子を思い起こしてみる。
…やけに甘えた声でいい、とかもっと。ってねだってたように聞こえた。女の子の方があんなに夢中になって積極的になることってあるのか。
性行為なんて、普通男の方だけがやりたいもんで。女は歯を食いしばってただひたすら終わるの我慢するもんなんだろって何となく思ってたけど。…違うの?
「なんか、むしろあの子の方が断然積極的に感じたんで…。馬に蹴られて死ぬのはやだし、そこまで他人の超個人的な領域に顔を突っ込む気もしなかったから。もう出来るだけ関係ないでいたくて出てきちゃったけど。あれって、別にわたしたち、邪魔しなくてよかったんだよね?全然無理やりでは。なかったと思うんだけど…。自分の判断に今ひとつ。自信持てないから」
やっぱり微妙に気がかりでつい、肩を並べてる奥山くんに向かって念を押してしまう。彼は可哀想なくらいうろたえて、目線の置きどころがない。といった様子で忙しなく顔の向きを動かしながら答えた。
「ええと、うん。…大丈夫じゃないかな。あの感じだと…。越智も木村さんも。お互い気持ちが通じ合って、同意の上でああなってると。思う…」
「女の子の方からあんな風にお願いしたりするもんなんだね。もっといやいや言われてたら、勘違いして助けに割って入っちゃうとこだったよ。それはまあよかったけど。あんなのって普通なの?わたしの知識が。偏ってるのかな…」
釈然としなくて首を傾げる。
「ああいうの、男の方がどうしてもって熱心に懇願して。結果的に女の人がしょうがないなあって、我慢して付き合ってあげてるものなんだろうなって思ってたよ。…ああ、そういえば。女性にも性欲ってあるんだって話、聞いた気がするな。人それぞれなのかな…」
そんな話、少し前にだりあがしてた記憶。実感としては理解できないなりにそういうこともあるんだろう、と受け入れて話を合わせた覚えがあるけど。
だとしたら、だりあはわたしと違ってもうしっかりと大人の身体だからなのかもしれない。あれがもし自分だったら、とちょっとでも仮に考えてみようとすると。
…うーん。やっぱりどうしても、上手く想像できない…。
思いの外わたしがいつまでもそのことに引っかかって深刻に考え込んでるのに参ってしまったのか、不意に奥山くんが観念したように大きな声で音を上げた。
「いや、えーと。…僕も正直なところよくはわかんないよ。あんな場面に直に居合わせたの初めてだし。別にそういうの、詳しくないし…」
「本当?」
よかった、仲間がいた。わたしは素直に嬉しくなって隣で耳まで真っ赤になっている彼の方に向き直って同意を求めた。
「男の人は誰でもみんなああいうのよく知ってる、ってわけでもないんだね。まあさすがにわたしは女子の一般的なレベルに比しても、多分相当知識貧弱な方なんだろうな。って漠然とした自覚はあるけどさ」
我ながら、この歳にして色恋男女関係絡みの話題に興味なさ過ぎだし。その手の話をする同性の友人もずっといなかった、つい最近だりあから腹を割った打ち明け話を聞くまでは。
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