第21章 はじめての

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でもあれは冗談にならない真剣な悩みの件だったし。あまりに特殊な事情過ぎて自分の身に引きつけて考えるようなことでもなかったからなぁ…。だりあの抱えてるものが女性一般にとって普通のことなのかどうかもわからないままだった。ただ厳然と、自分の直感に従って絶対大丈夫だよ。とフォローして励ましただけで。 「その点男の子はほら。動画とかアダルト系のコンテンツとか、普通に大抵いっぱい見てるもんなんでしょ?よくは知らないけど、本能的に生理的欲求上の必要があるらしいし。そしたらやっぱり、否応なく自然といろいろ詳しくなるのかな?と思って」 わたしがのほほんと思いつきで投げかけた問いに、奥山くんは真っ赤になってうろたえながらも真剣に言い募って答えた。 「いやあんなの。…知識つくとかそんな、まともな代物じゃないよ。誇張も酷いし男に都合良すぎるし、全然現実的じゃないし。ファンタジーだから、言うなれば。…えーと、僕も。そんなにめちゃくちゃたくさん観たことあるわけじゃないよ?だからざっくりとした曖昧なイメージしかないけど。…本当に」 「なるほど」 そしたらやっぱり多少なりともそういう性的欲求を解消するためのもの、奥山くんでも観てるんだ。…別に引いたり軽蔑したりとかは全然ない、超個人的な話で誰に迷惑かけるわけでもないし。でも、やっぱり。意外。 そんな感想を表情に出さないよう努めたけど、短すぎる相槌がかえって何かのニュアンスを滲ませてしまっていたのか。彼はますますむきになって弁明を重ねた。 「ほんとに、ずいぶん前若い頃にちょーっとだけ。興味本位で覗いてみたことがあっただけだから…。最近は全然ないよ、当たり前だけど。羽有ちゃんと一緒に住んでる部屋でそんな…。それに、ああいうのやっぱ苦手なんだ。僕はその、好きな子とじゃないと。絶対嫌だなって思う方だから」 「ほぅ」 何て反応するのが正解なのか。定かでないのでとりあえず無難に短くお茶を濁した。 よくはわからないけど。さっきみたいなことをするんなら、性的コンテンツに出てくる見知らぬ遠い存在の綺麗で可愛い女の子じゃなくて。現実に身近にいる特別な好ましい相手とがいい、ってこと。…なのか? 「恋人とか。付き合ってるひととならしたいけど、ってことなのかな。女優さんとかグラビアのモデルの子とかだと。どうもしっくり来ないからあんまり興味ない、って話?」 「そう!それだよ、羽有ちゃん。そういうこと」 奥山くんは歩きながら我が意を得た、とばかりにぶんぶんと頭を大きく振って頷いた。 「僕は、もしかしたら男の中でも一般的じゃない方なのかもしれないけど。知らない女の子をみて変な気持ちになったり、いろいろ想像を膨らませたりするのがなんか生理的に無理なんだ。やっぱり、好きな子とじゃなきゃ絶対嫌だって思っちゃって…。他の女の子に触れたいとかそういうことをしたいとか、正直今まで全然考えたこともないよ。僕には羽有ちゃんだけなんだ、今までもこれからもずっと。他のひととは絶対にない」 唐突にシームレスに口説き文句に繋がった。 あんまりすんなり流れるように出てきたから、こっちも何とも思わず聞き流すところだった。 あ、そうなの?とかせめて相槌くらい打った方がいいんだろうか。と悩む暇もなく、奥山くんはなにかの箍が外れたごとく、それをきっかけにして怒涛のように胸の内に溜めたものを一気に吐き出した。 「高校入ったときに地元を離れざるを得なくて、そのあともそのままフランスに行くことになって。羽有ちゃんの顔を見ることも何年間も叶わなかった。でも、その間も一度も他の女の子に目が行ったことなかったよ。昔から自分ではわかってたつもりだったけど、それで再確認したんだ。僕にとってこの世で女の子は羽有ちゃんしかいない。物心ついた頃からずっと」 「…物心ついたときはさすがに誇張というか。言い過ぎじゃない?」 熱に浮かされたように言い募る勢いに毒気を抜かれて、つい余計なことと思いつつぼそりと突っ込みを入れてしまった。 「普通一般的に、人はニ、三歳くらいで物心がつくって言うし。まあわたしは極端にぼんやりだから、個人的には小学校に入る前の記憶ほとんどないけど、そこまでじゃないとしてもさ。子どもの頃から、って表現で普通に充分じゃないかな…。ずっとなんだってことを強調したい気持ちはわかるけど」 二歳とか三歳で恋心もなんもないだろ。 ランドセルを背負って目にいっぱい涙を溜めた子ども奥山くんが、驚いたような顔つきでこっちを見つめてる情景。後日学校の校庭で一人でいたわたしにお礼を言いに来て、一緒に空手習おうよ。と誘ってくれたきらきら輝く瞳。 …どう考えてもあのときが、わたしが彼の視界に入った最初じゃないのかな。こっちはどうしてかあのときの光景が、ぼんやりのわたしとしては例外的にやけにはっきりと脳裏に焼きついてるけど。さすがに昔過ぎて奥山くんはもうとっくに忘れちゃったのかもしれない。 だけど彼は決然と、確信に満ちた顔つきで首を横になって振った。
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