芯中染物屋

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 玉虫色の暖簾(のれん)が揺れた。  開かれた引戸から這い寄る、生ぬるい風。  神がつかわした風は、いつも前触れなく、しっとりと客の来訪を告げる。  おいでなすったようだ……。  と、呟いたのはこの店の主人(あるじ)。  黒無地の着物の上に長羽織(ながばおり)姿の、見た目五十がらみの男。小上がりの座敷に正座して、居住まいをただす。  だいぶ、久方ぶりの客人だった。どのくらい久しぶりかというと、かれこれニ年、いや三年ぶりくらい。 「仙太ァ、仙太ァ」  店主はしゃがれた声で下働きの童子の名を呼ぶ。 「ご用ですか、旦那さま」  どこからともなく、ふっくら可愛らしい五頭身の子どもが現れた。 「どうやらお客人が道に迷っていらっしゃる。迎えに行ってやんなさい」 「あい」  仙太と呼ばれた作務衣(さむえ)姿の童子は、店先の暖簾をくぐり、ほの暗い外へと駆けて行った。
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