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しばらく待つと、仙太が小走りで帰ってきた。ひとりではない。
年増盛りで艶のある、女の手を引いている。
仙太は店の敷居をまたぎ、主人の前に立った。
女はぼうっと生気のない顔つきである。
この店に来る客は、たいていこんな様子だ。ゆえにやることは同じ。仙太はお決まりの手順で、腰にくくりつけた小鈴を鳴らす。
一鈴目、りぃん。
二鈴目、ちりぃん。
澄んだ鈴の響きに呼応して、女の目に光が宿る。
真っ赤なタイトスカートにハイヒール、濃紺のコートを羽織ったいでたち。明るい茶髪は丁寧に巻かれ、気の強そうな口元には鮮やかな朱が引かれている。
身なりには、相当気をつかう性質のようだ。
女は我に返ると、警戒心も露わにあたりを見まわした。
「こ、ここ……どこ? なんであたしこんなとこにいるの」
「こちらは、芯中染物屋でございます」
「は、染物屋?」
女は棘のある物言いをした。
「入った覚えなんかないわよ。きったない店ね、ほこりっぽいし。それに……時代錯誤もいいとこじゃない」
女の言う通り、芯中染物屋は今風に洗練された内観とは言い難い。
江戸の町屋をそのまま改造したような造りで、黒塗りの柱を組んだ吹き抜け式の天井である。
高い天井のために開放的ではあるが、ところ狭しと置かれた反物や和雑貨のせいで、雑然として見える。
きわめつけに、にこにこと笑みを崩さぬ店の主人が、藁円座に座って客人をじぃと見つめているのである。
とにかく妙な空間だった。
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