14人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
第1話
俺には、気になる人がいる。
今日一日食べるものを確保するために向かう、閉店間際のスーパーマーケットでいつも出会う女性だ。
食べることにはさほど興味がないせいか、とにかく食事を抜きがちなのが俺の悪い癖だった。仕事中に倒れ、「自己管理がなっていない」と厳重注意を食らうほどなので、かなりの筋金入りと言っていい俺が、近頃は毎日、休むことなく通っている。
スーパーの閉店時間は午後十一時。今日は書類仕事に手間取ったせいですでに十時五十分。慌てて自動ドアをくぐると、すでに店内BGMは蛍の光に切り替えられていた。
ゆったりとした音楽なのに、こうも気が急くのはなぜだろうか。買い物カゴを手に取った俺は、真っ直ぐに目的の場所へ向かう。
閉店間際のスーパーにいるのは、店員どころか客まで大体同じ面子であることが多い気がする。今日も追い立てられるように買い物をする人たち、少しでも早く仕事を終えたい人たちとの妙な一体感を感じていた。
弁当や惣菜類を収めた冷蔵ケースにはさすがにほとんど品物は残っていない。腹が膨れればなんでもいい俺はいつも通り、忘れられたように佇んでいる弁当を見つけ手を伸ばす。
「あ」
指先がなにか冷たいものに触れ、そして離れた。誰かの手にぶつかったのだということには数瞬の時を置いて気がついた。
俺の隣には小柄な女性が立っていた。
夜闇を映し取ったかのように黒い髪や瞳、わずかに露出した肌はまるで陽の光など知らないように白い。
小さな顔に、形のいい鼻と長いまつ毛に縁取られた瞳、花びらのようにほんのり色づいた唇がまるで作り物のように収まっていて、まさに外国の人形のようだ。
今は髪を後ろでひとつに編んで眼鏡をかけ、服装も地味なものだが、綺麗な衣装を着せられガラスケースに収まっていてもおかしくない。
彼女がまさに、俺が近頃気になっている女性だった。
「あっ、私はこっちなので」
彼女は、弁当の隣にある塩むすびを取ると遠慮がちに一歩下がった。
「あ、じゃあ」
会釈してから、こわごわ残った弁当を取った。割引シールが重ね貼りされ、商品名が隠れてしまった謎の弁当をカゴに収める頃には、彼女の姿はもう見えなかった。
最初のコメントを投稿しよう!