呪詛

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 5  虐待ではないと分かった。そして、おそらく、理屈では説明出来ないだろうことも証明されている。  けれど、念の為に佐藤シズコが前に居た所へ調査をしに行く。  佐藤シズコの長男は嫁とは別居状態であり、弁護士を交えて離婚調停中だという。  元が付くであろう嫁、佐藤瑞穂が調査に応じてくれた。 【音声記録】 佐藤瑞穂の音声のみを抽出 「(溜め息)お義母さんが亡くなった事は、夫から聞きましたよ。「葬儀のやり方なんて分かんないから君も来てくれよ。愛しているのは変わらないんだ。君は、過干渉だったって言ってたけど、アレは愛情の一種だったんだよ」って気持ち悪いメールで。  お義母さんは何でも出来る人でした。口も達者で……私の料理は常に捨てられていました。ストレスで私が倒れて、ようやく夫はお義母さんとの同居を解消することにしたんです。何もかも、遅かったですけど。  流産したんです。はい、ストレスです。離婚の手続きをしています。夫とは別居で、もう縁を切りたくて仕方がないんです。  病院の先生にも「あんな家族とは、縁を切った方がいい。手伝いますよ」って言われちゃいました。  いえ、本当のことを言ってくれて良かったです。  私じゃなくて先生が泣きそうな顔をしていたので、なんか逆に冷静になったんです。「嗚呼、怒っていいんだな」って。  だから、お義母さん……もう他人になるんですけど、葬儀なんて行きたくないんです。行って安らかな顔をしていたらと思うと本当に腹が立ちます」  佐藤瑞穂はそう言いながら、佐藤紀之とのメッセージでのやりとりを見せてくれた。 【文章記録1】 佐藤紀之から佐藤瑞穂へのメッセージ  三月二十日 十八時四分から十九時 紀之から瑞穂へのメッセージ 「夫より遅い帰宅とは何様のつもりだ? 母さんの言った通りだ。お前は本当にダメな嫁なんだな」 「電話に出ろ」 「離婚って本当に言ってるのか?」 「どこにいるんだ。あの医者とデキてるのか?」 「電話に出ろ」 「おい、見てるんだろ?」 「明日の朝ご飯はどうするんだ?」 「あの医者に何か言われたんだろ? 離婚なんて許さないからな」 【文章記録2】 三月二十日 二十時三十一分 佐藤紀之から佐藤瑞穂へのメッセージ 「いつまで拗ねているつもりなんだ? 俺だって天使を亡くして辛いんだぞ。家族を作るというのは二人だけの問題じゃないのは当たり前だろう。母さんは、お前の為に頑張って助言してあげたんだ。  俺と母さんに謝りに来い。  お前は離婚したいって言ってるけど、お前の歳ではもう無理だろ。いつまでも泣いていないで、いい加減目を覚ましたらどうだ? 弁護士を雇う金があるなら新しい家を買う資金に回せばよかったんだ。今の家じゃ狭いだろ」 【文章記録3】 三月二十一日 十時二十四分 佐藤紀之から佐藤瑞穂へのメッセージ 「お前が流産したことは、俺も本当にショックを受けてる。だけど、俺達はこれからの未来だってある。だから天使の分も生きていこうじゃないか。俺達の絆ってすぐ切れるもんじゃないだろ? 俺が優しいうちに帰って来いよ。今日の夕飯はハンバーグがいいな」 【文章記録4】 六月十六日 十九時三十一分。佐藤紀之から佐藤瑞穂へのメッセージ 「葬儀のやり方なんてわかんないから君も来てくれよ。愛しているのは変わらないんだ。君は過干渉だったって言ってたけど、あれは愛情の一種だったんだよ(ハートの絵文字)  この葬儀でまた君に会えたら僕の魅力にもう一度気がつくと思う(星と思われる絵文字)。式場は××だからね。十一時に待ってる(ウインクする絵文字とハートの絵文字)」 「ひっでぇ、ロミオメールッスね」  それを見た二三がそう言った。  ロミオメールというのは、インターネットでの造語。過去に付き合っていた男性が復縁を求めて、突然女性に送ってくるメールをさす。  まるでその姿は窓辺で愛を語る「ロミオとジュリエット」のロミオなのであろう。ただ、本物のロミオと違うところは、想う相手に愛は無いところだ。  その説明まで聞いた佐藤瑞穂は大声で笑い、涙を拭くと「吹っ切れそうです」と笑った。  そんな偽ロミオこと佐藤紀之に取材をしたのはその日の午後である。  最初のうち佐藤瑞穂の居場所を聞き出そうと怒鳴っていたが、こちらが答えないのを理解すると肩を丸め、取材に応じてくれると言った。 【音声記録】 佐藤紀之の音声のみを抽出 「母のことですね。母は……少し愛情表現が強かったんです。俺達もそういった風に育てられてきました。漫画は捨てられたし、ゲームなんて買ってくれませんでした。それでも大事に育ててくれましたし、きっと嫁に嫉妬していたんでしょう。統合失調症ですか? えぇと、それはなんですか? は? 病気? 母は元気でいましたし、病気なんかそうそうかかりませんよ。「赤ん坊が虐める?」  ……あぁ、時折そんな事を妻が言っていました。母は流産したとかそういったことはありません。ましてやイジメなんて! 嫁への虐待を疑ってるんです? あんた本当に刑事か? うちの母はそんな事する人間じゃありません!   第一、義妹に傷付けられていたんだろ? それに、俺だって今、赤ん坊に責められてる! 夢で見るんです、きっと思い詰めているんでしょう。流産した嫁が可哀想だって! 俺をイジメるのがそんなに楽しいですか? これだから警察は嫌なんだ!」  以降は罵声が続き、興奮状態のまま扉を閉めたためそれ以上の調査は不可能。
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