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【映像記録】
画面いっぱいに一生の顔が映る。
録画媒体はテーブルに置かれたのだろう、窓が見える方向に設置されているため、二人の顔は確認できない。
「大丈夫だ。警察がすぐ来てくれる」
一生の声。泣きながら頷いているであろう麻里の声があがる。
一分三十秒から連続して窓を叩く音。麻里と思われる引き攣った声が上がっている。
二分四秒。女児と思われる声一。「ねぇねよ」
二分四秒。子供のものと思われる足音が続く。
二分五秒。叩きつける音が断続的に起きている。
二分五秒。女児と思われる声二。「おかあさん」
二分五秒。女児と思われる声三。「うまれたいの」
二分六秒。女児と思われる声四。「おなか いたいの」
「奥の部屋にいろ。大丈夫だから」
三分三十二秒。扉が開く音。
四分三十三秒。麻里と思われる声。「ひとりにしないで」
四分三十三秒。女児と思われる声一。「ねぇね」「いるよ」
四分三十四秒。窓を叩きつける物音。
五分十三秒。一生と思われる呼吸音。その間にも子供の足音。
五分十三秒。女児と思われる声四。「いじめる」
六分五秒。窓が開く音。映像音声ともに激しいノイズ。
六分十六秒。映像に子供と思われる目が映る。
六分二十秒。一生が鞄を投げたと思われる音。
六分二十秒。悲鳴。子供の罵声(ノイズが激しく解析不能)
以下、警察到着まで砂嵐。
十四分三十四秒。警察到着。
【映像分析】
窓から侵入してきたモノは百六十センチ程の身長で二足歩行をしている。
細身で衣服は着用していない。かわりに体毛が伸びており、胸部の垂れている脂肪を見る限り性別は雌と判断。
顔の詳細は確認出来ず。目と鼻と口は存在。確認した者はその後、嘔吐し精神の不調を訴える。
よって詳細を調べることは禁ずる。
その他にも、一生が投擲したと思われる鞄から割れた合成樹脂によって作られた合計六個からなる破片が発見された。
それらを繋ぎ合わせるとダイヤ型をしたピアスであることが判明。木下夫妻や、その他友人の物では無いと証言される。
病院に行く際、誰かが入れた。もしくは盗んだ物と判断される。持ち主は依然不明のまま。
一生が録画したものから、さらに音声分析をかける。
七分四秒。女児と思われる声一。「うんでね」
七分十五秒。女児と思われる声二。「うんでね」
八分四秒。女児と思われる声四。「あいたい」
十分三十一秒。女児と思われる声一。「こんどは」
十一分四十五秒。女児と思われる歌う声三。「はりせんぼん」
動画の分析を試みた大野は幻聴を訴え、診療の結果三日間の有休を取った。
大野は「子供に責められる」「赤ん坊に泣かれる」と幻聴に苛まれた。何度かカウンセリングを行ったが、動画分析を試みてから五日後、心的ストレスにより件の動画視聴の短期記憶障害を発症させた。
他、動画を確認した人物合計五名も不調を訴えた。共通事項として「子供」「赤ん坊」の存在から責められる幻聴に襲われる。しかし、襲われるという記憶だけでどのような発言、どのような声色かは覚えていないという。
五名の内、三名が短期記憶障害を発症。そのうち一人は自傷行為をし緊急入院。一人が「妊娠しなければならない」と強迫観念に襲われた。
短期記憶障害を発症させた三名は、カウンセリングを続け、残る二人は短期入院とする。
再び動画を視聴したところ、機材が突然停止する事件が起きた。その衝撃でデーターが破損し、以降機能しなくなる。
「これ以上、触れない方が身のためだ」
現状を重く見た、監査の時野谷が藤原たちに告げた。
「なにが、身のためだ? 調査はこれからだろう?」
不満を呈する大野と藤原に対し、時野谷は首を縦には振らなかった。
「木下夫妻にはそれ以降、大きな問題は無いようだ。それに、夫妻は警察では信用にならないから個人で解決すると判断したそうじゃないか。動画はもう再生出来ないし、そこまでして見たいと言うなら、既に魅入られてる」
時野谷は彼らと目すら合わせず、手際よく証拠品を段ボールに片付け始め、早口で説明を続ける。
「魅入られて結構。俺はただ、事実を知りたいんだ」
食い下がる藤原に、時野谷はそれでも譲らない。
「これ以上の調査は危険だから未解決事件にする。と、定めるのが、君たちの仕事だろう? 危険だと分かったならば、それで良い筈だ。死人こそ出ていないが、犠牲者も出ているし、これは上からのお達しだ。文句があるなら俺ではなく、上に言うんだ」
時野谷はそう言い捨て、最後の証拠品を段ボールに詰め込み、蓋を閉めガムテープで封をする。
「これで、誰も開けられない。上が納得したなら開けてくれ」
時野谷は封をした段ボール箱を藤原たちに見せつけた後、脇に抱えて退室した。
藤原と大谷は、閉ざされた扉を恨めしそうに睨みつける。
「アイツ。顔が良いからって、なんでも許されると思うなよ」と、藤原。
「立場は、俺たちも上ですけどね」と、大谷。
「出世の代償に若白髪なんて、俺はごめんだね。新しく来た奴らはジイサンだって勘違いしてるんだぞ」
そう文句を溢しても、現状は何も変わらない。
様々な理由により、これ以上の動画・音声の視聴は禁止とされ厳重に保管されることとなった。
担当していた藤原、二三も現在の時点での書類提出のみとし、本件の調査を終了とすることとした。
数日後。
調査報告書の確認を終えた藤原は、椅子に座り直し、背伸びをする。不満は残るが、こうするしか方法はない。
時野谷の言う通り、夫妻はこれ以上警察に来て欲しくないと訴え独自に解決をすることに決めた。幸い、あれ以降夫妻に問題が起きていないため、余計に介入しづらくなったのも現状だ。
何かが起きないと介入出来ない歯痒さを、藤原は身をもって感じている。
「チッス!」
疲れている藤原とは正反対に、資料を抱えた二三が勢いよく扉を開けた。
「事件スよ?。F県M村で不審死。名前は佐々木 文義。顔に人の手で引っ掻かれた痕があるッス」
「どこが不審死なんだ? 二三」
「額から顎にかけた引っ掻き傷は泥が付着してたけど、人間のもの。綺麗に十本の爪の跡がついてるのに、自分の爪には皮膚片が無い。引っ掻き傷はどっちも左手。さらに言うなら、傷の大きさから見て手は別々だし、十歳以下の子供のもの」
抱えた資料をペラペラと捲りながら二三は続ける。
「子供にしちゃ相当力があるッスねえ。だけど、被害者に子供はいないし、村も過疎。爪についてた泥を調べたら、被害者の庭にある土に成分は近いのに、庭に被害者以外の足跡も加害者と思われる子供の目撃証言もなし。ちなみに、死因はショック死ッス。顔が恐怖で引き攣ってて、逃げた痕跡もある。現場的に言うと、見るに堪えない感じってところッス!」
「資料を見せてくれ」
藤原はもう一度伸びをし言う。興奮冷めやらぬ後輩から束ねられた資料を受け取った。
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