贈り物

2/8
前へ
/26ページ
次へ
 1   私、(しき)() 薫は怪談を題材に小説を書く、いわゆるホラー小説家だ。  私のことを知っている友達、親戚、その友達の友達は「これはネタになるぞ」と自身が体験した話、もしくは聞いた話を提供してくれる時がある。  興味深い話、面白い話もあるのだが、諸々の理由もあって使用するには辞退させていただいている。  今回、書く話は「提供」ではなく「相談」から広がっていった話だ。  また、それは「書いてあげている話」でもある。書いてあげるというのは些か言葉が悪いのだが、それも読んで頂ければ分かると思う。  発端は、中学の時の友人U氏が殆困り果てた様子で 「不思議な事なんだが、家でポルターガイストが起きてる。特に影響を受けてるのが娘で、だいぶ参ってる。相談に乗ってあげてくれないか?」  と、言ったことから始まる。 「えぇと、それは……」 「人の気配を感じるとか、物音がするとか……実際、俺も体験してる。薫ちゃん、そういうの得意だろ?」 「創作をしているだけで、得意とは言えませんよ」 「話を聞くだけでもいいんだ」 「ですが……」  私が渋っていると、U氏が深々と頭を下げ、余計に断り難くなる。  どうしようと頭を抱える私に声をかけたのは店主だった。 「それなら、(へび)(こう)に相談すると良いと思いますよ」  誰にも聞かれないようにコッソリと言われ、私たちは驚いて店主を見る。五十代の女店主は、そっとバーカウンターの端にいる男性を指差した。  グレイヘアを無造作にハーフアップにしている、三十代ほどの男性。  顔つきは、日本人には見えない。そんなことよりも私が興味を持ったのはその聞き慣れない単語だ。 「ヘビコウ?」 「あだ名ですよ。失せ物探しとか、他のお客さんの相談をよく乗っているんです」 「失せ物、探しですか」 「そういうのが得意なの」  聞いて普通ならば怪しむだろう。  世の中には霊感商法というのがある。  簡単に信じてはいけない。なによりとても、とても蛇公という存在からして胡散臭い。けれど、私はそれ以上に好奇心に弱く、そして刺激を求める小説家であった。  だが、判断するのは私ではない。  どうしようかU氏を見ると、彼も困った様子で私を見つめ返す。相談はしたいけれど、信じていいのか分からないといった具合だろう。 「相談ですって」  困り果てた私たちに助け舟を出してくれたのは、やはり店主だった。  蛇公は店主に指をさされた私達を見て「やれやれ」と呟いたようだった。  私たちは逃げる、など失礼なことは出来ないので、ただ彼の席近くに座った。 「相談を受けるのが、得意ですもんね」  店主が茶化して言うと 「勝手に話を広めないでくれ。俺は話を聞くしか出来ないんだ」  蛇公は苦言を呈するが、そこまで気を悪くはしていないようだ。 「ごめん、ごめん。でも、今にも泣きそうだったから見過ごせなくてね。これは私からのサービス」  店長はそう言って、蛇公にツマミを二皿提供する。  彼はそれを素直に受け取った後、険しい顔で私たちを見た。 「先に言っておくが、絶対に解決出来るとは言えないぞ」  その反応から見るに、このような突拍子もない始まり方に慣れているようだった。  U氏と私は、どうしようか少し悩んだが、それでもいつもお世話になっている店主の前だ断る訳にもいかない。 「たいした事じゃないんですよ。ただ、娘が学校から帰るなりずっと部屋に引き籠もって、家では怪奇現象のようなことが起きるんです。ラップ音とか、人の気配とか……。きっと、実際に話をしてみないと分からないと思います」 「私も本当にそう思います」  U氏が溜め息をついた後、私たちはまだ自己紹介すらしていないことに気がついて慌てて名前を述べた。  それが蛇公との出会いだった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加