贈り物

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 3  三家族が揃い、テーブルは三つ、使われた。 「急に連絡をされても困る」  と、独り言を漏らしたのはI氏家族。  それでも父親はわざわざ仕事を早退して来たようだ。 「教えてくれてありがとう」  と、U氏に言ったのはA氏家族。  隣にいる不機嫌なI氏とは違い、A氏はテーブルに着くと、筆記用具を並べた。  どの家族も、子供も明らかに疲れている様子で、そしてどこか怯えても見えた。  三人の女子中学生は、同じデザインをした件のブレスレットをテーブルに置いた。 「今回、呼び出した件ですが……。えぇと……、家で変なこととか起きていませんか? 信じられないかと思うですが、その……。家の中で不思議な音がするとか」  私がそう言い始めると、やって来た二家族は明らかに顔色を変えた。 「いえ、何も」  と、I氏が嫌悪を隠さず即答する横で、A氏は肯定を示す。 「おそらくだが、悩ませているものは、ソレかもしれない」  蛇公は二家族の反応を見た後で、今度こそ確信を持ったのだろう。テーブルの上に置かれた手作りのブレスレットを指差した。 「手作りには無意識にでも念が込められる。良い物ならばお守りとなるし、悪ければ呪物になる。これは後者と断言しておく」  と、続ける。  蛇公の説明に「そんなことも分かるのか」と、私はテーブルに置かれたブレスレットを見た。  私には、その安価なブレスレットが至って普通の物にしか見えない。  作った人物はとても手先が器用で、同級生のために一生懸命作ったのだろうと思う。分かるのはこれくらいだ。  これは今後の資料になるのではないかと考えたあたりで蛇公は「誰も持って良い物ではない」と告げた。  本来なら疑いを持ち、信頼に値しないと怒るだろう。だが、三家族は誰も蛇公の言葉を肯定せざるを得ない現実に直面している為か否定はしない。  そんな物を受け取ったお嬢さん方は、自分たちが今まで身につけていた物を凝視した。 「嫌なのにどうして律儀にブレスレットをつけていたんですか?」  ふと疑問に思ったことが、つい口から出てしまった。  彼女たちはきっと責められていると思ったのだろう。みるみるうちに目には涙が溜まっていく。 「つけないと怒るんです。「折角あげたのに!」って。朝チェックするから余計に外せなくて」 「言い返せないのか?」  I氏が強い口調で娘に言い付けると、とうとうお嬢さんたちの涙は溢れ出した。  自身に向けられた非難の目が一斉に向かわれるのを気にせず、I氏は今度蛇公を睨みつける。 「証拠はあるのか? まさか、そういった詐欺じゃないだろうな?」  流石にI氏の奥様が「ちょっと!」と声をあげたが、I氏の耳には届いていないようだった。 「「説明しろ、証拠を見せろ」と、言われると難しい。「そんな雰囲気がある」としか言えないんだ」  I氏の態度に怯むこともなく、蛇公は毅然とした態度のまま正直に答える。 「俺は「相談を受けろ」と、言われて受けているだけだ。知恵を貸せるかもしれないが、それをどうするかは個人の自由だ」  蛇公は怒鳴ってもいない、表情も変えていない。ただ、静かに答えている。だが、それが余計に彼をどことなく異様に、また恐ろしく見えた。  I氏は「馬鹿馬鹿しい」と答えながらも再度席についたのは、それでもどこか心当たりがあるからだ。 「他に貰った物は、使ってしまったか?」  蛇公の問いかけに、女子中学生三人は頷いた。 「お菓子とかは、食べちゃいました」  あまりにも申し訳なさそうに言うので、見ているこちらが辛くなる。 「誰だって同級生から貰った物を断るなんて難しいよね」  そうフォローを入れると、三人はポロポロと涙し、頷いた。  親もどう言葉にすればいいか分からず、母親たちが娘のフォローに回る。 「そうか。ならば、解決出来そうだな。手順は色々とあるが、そうは難しくない。お返しすればいい」  暗い雰囲気の中、蛇公が明るくそう言い出した。 「お返し?」  と、I氏が訝しげに言う。  信じられない。そんな言葉が顔に浮かんでいる。いい加減、隣にいるU氏とA氏が彼の態度に嫌気がさしているようだった。 「貰ってばかりじゃないです。お菓子とか……渡してます」  と、U氏の娘が興奮気味に言うのを父親が諌めた。 「普通の相手ならそれで良いが、今回は普通ではない。……さて、行動する前に食事だな。好きな物を食べて、話をしよう。解決出来るんだから、説教や後悔はしてはいけない。贈り物を選ぶために、出来るだけ明るい気持ちになってほしいんだ」  蛇公が優しい落ち着いた口調で言ったのを、母親たちはすぐに察した。 「良かったわね」 「安心してお腹空いちゃった」  などと言って、娘達をこれ以上怯えさせないよう、わざと戯けてみせる。 「大丈夫なんですか?」  私はケーキの注文をしながら蛇公に尋ねる。  彼はコーヒーとケーキを頼みながら頷いた。穏やかにしているが、テーブルの隅に置いたブレスレットから目を離していない。 「上手くやればな」  彼は低く呟いて、メニュー表を閉じた。  ■□■ 「蛇公なんて変わった名前ですね」  A氏が蛇公を見て笑って尋ねた。  その無礼な態度に母親が咎めたが、それでも興味津々と言った具合に見ている。  正直、私も彼の奇妙な渾名の由来を知らないので、話題を変えることもしない。 「あぁ、俺も不思議に思う。いつの間にかそう呼ばれ始めて、定着してしまったんだ。一体、どんなセンスをしているんだか」  蛇公は苦笑しコーヒーを一口飲んだ。 「お名前を伺っても?」 「嗚呼。そのことだが……、悪いが教えられない。前にこういった事があった時、付き纏があって大変だったんだ。警察に相談もしたし、引っ越しをした……。君たちもそうだとは言わないが、人の噂は尾鰭背鰭がついてしまって、俺では制御出来なくなってしまう」  相当苦い思い出があったのだろう。申し訳なさそうに蛇公が言うので、私は黙って聞いている。  三家族も疑問は持つだろうが、今まで受けた経験から無理に聞くのも申し訳がないだろうと空気を読んでいるようだ。 「こういった仕事をされているんですか?」 「いいや、違うさ。時折、こうして頼まれているだけ。「ナクシタ」と相談されて、話を聞いている間に勝手に本人が思い出して探し、そして、実際出てくる。本当にそれだけなんだ」  蛇公が話をしている間、私は先程から視線を感じる方を向く。  二人のバイトであろう女性が話ししながら蛇公をチラチラと見ている。  おそらく、彼が顔立ちの良さと、その聞き心地の良い低音の声に持っているからだろう。 「式野さんは小説家なんですよね。こういった事をよく相談されるんですか?」  不意に尋ねられて私は少し動揺して聞き返した。  A氏の興味は今度、私に向かったらしい。時折、手帳に書き込みながら嬉しそうに私を見ている。 「あ、えぇと。殆ど無いです。しがない小説家なので、今回も友人からの話だったので……。蛇公とも偶然お会いして……」  申し訳ないですとU氏に頭を下げながら言えば、U氏の家族は「それでも助かります」と仰ってくれる。  三人のお嬢さんは、最初こそ緊張していたが、次第に落ち着いていったようだった。  暫く他愛も無い会話をして一時間。落ち着きを取り戻した後、蛇公は話題を戻した。 「渡すお礼だが、出来ればぬいぐるみが良い」  蛇公にそう言われ、私を含めた全員が不思議に蛇公を見た。 「でも、ぬいぐるみなんて値段が……」 「小さな物でいい。それに出来れば、だ」  三家族は悩み、話し合った結果、U氏がようやく答えた。 「それで解決出来るんですか?」  直接すぎる質問に、蛇公はやはりまっすぐ彼を見て答えた。 「あぁ。上手くやれば出来るさ」
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