贈り物

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 6  人に物をあげる。  人の為に作ってあげていたものが、実は呪物だった。  その事件のような、おかしな相談事から数ヶ月。やめろといわれたのにもかかわらず独自調査をしていたS氏から連絡が来た。  会って話がしたい、と興奮した様子で言うので、私は都合をつけるため、仕事をカン詰めになって終わらせた。  一人の意見ではなく中立的な意見も欲しいので私の他に一人呼ぶ。と、氏に言うのは建前だ。正直なところ、人見知りであったし、なんとなく私一人で行くのも嫌だった。  藤原さん、蛇公、彼らとは連絡がとれなかった。結局、助手であり家事手伝いの十月(とつき) (つかさ)さんに同行を頼むことにした。 「行っても良いですけれど、人が止めろと言うことを態々するのはどうかと思います」  小声で宰さんはそう言ったが、私もそれに賛成だった。  ――「その話だが、もうやめた方がいい」  そう言ったのは、蛇公だ。  彼は視えるだけではなく、その対処を知る得意な人であった。だからこそ、そういったありたがい忠告は素直に従うべきだろう。  しかし、S氏はその忠告を無視して自営業という事を利用し、独自で調査したと言うのだから困りものである。  約束の五分前に指定していたファミレスに着いた。  わたし達よりも先に到着していたS氏は店の隅に座っていた。彼はすぐにコチラに気がつくと、気さくに片手をあげた。  挨拶もそこそこに、S氏は興奮した状態で幾つか茶封筒を広げてみせた。  形から入る性格らしい、封筒もそれに使われた紙もなかなか上等で品がいい。 「わざわざ「秘密だ」と、言われると、暴きたくなるのが人間という者です。そうでなくても、私はその一人です」  彼はそう言いながら使い古されたであろう手帳を開いた。 「色々調べたんですよ。気分はまるで探偵でした。まずは事件の後日談をしましょう。  人に物を贈るという女子生徒がいました。問題のあの子です。あの子は件の相談後から一ヶ月も経たず家庭の事情を理由に引っ越し、転校したそうです。ちょっと疑問には思いませんか? 引っ越しをしたのは六月で、学校が始まって二ヶ月しか経っていない。普通の家庭ならば子供のために引っ越しはしても学校には通わせると思うんですよ」 「いえ。まだ学校が始まったばかりだからこそ、転校するのは今しかないかと思います。まだ友達グループもしっかり出来上がっていないと思われますし……」  宰さんがおずおずと言うのを、S氏は「そうかなあ」と納得がいかない様子で答えた。 「で、問題のその子は……。そうだな。Kちゃんと呼ぼう。Kちゃんは他に何か不思議なことをしていたかと思ってクラスメイトたちに少し話を聞いたけれど、物を贈るだけで他は至って普通だったという。  勉強も、運動も至って普通。過度に物を贈るという異常行動ばかりが目立って、それを除けば、目立たない影の薄い子と認識されていたようです。  家に着いても、今年の春に引っ越しをしてきて六月に再び引っ越しをしたそうで。転勤だとしても早くないでしょうか?」  宰さんも、私も転勤を経験したことが無いのでなんとも言えない。同級生に転勤族はいなかったし、おそらく十月さんもそうなのだろう。 「で、私は調査をするのにあたり、色々と素人です。言うなれば、調べることが他にあるか思い浮かばなかったんです。Kちゃんの性格だとかになると、今度は引っ越し先を調べなくちゃいけないでしょう? そこまで聞こうとしたんですが、皆は「興味が無い」とまで言ったのです。  これでは蛇公が何を忌避していたのか分からず、残念に思っていたところでした。  仕事も一段落してから、気分転換にとある田舎へ行ってきたんですよ。ドライブが趣味でしてね。そして、そこで偶然Kちゃん家族の話を聞いたんです、本当に驚きましたよ。こういうのが縁なんだなって思ったりしました」  S氏は興奮しながら言った。  きっと早く私達に言いたくて堪らなかったのだろう。 「田舎が嫌で引っ越しをして、事情があって再び田舎に戻った。そんな感じだと私は思いました。さりげなくKちゃん家族について聞き出そうとしましたが、村人はとても厭な顔をして話そうとしませんでした。それどころか 「あそこの土地の者には近づかない方がいいよ」と言う始末です」 「土地ですか? 家族ではなく?」  私の質問にS氏は「そう、そこなんだよ」と興奮して答えた。  やや話す速度も、声量も上がったため、隣にいる宰さんが圧に負けて少しのけ反っているのが分かる。 「人じゃなくて土地なんだ。蛇公が「業が深い」と言っていたのは、もしかして土地を視ていたのかもしれない。だから、私は遠目からでもその家を見ようとしたんですよ。  田舎だから並ぶ家の間隔はとても広くて、隣家とは言えません。件の家は丁字路の突き当たりにありました。豪邸とまでは言えないけれど、庭も広い立派な家でした。  驚いたことに警察が来ていましたよ。場所が場所だから交通事故かと思ったけれど、警察官は家の中に入って行ったようでした。  用事があったのは家の中にだったんですよ。 「何があったんですか?」  と、周囲の人に聞いても答えてくれない。  普通。そんな田舎だったら暇を持て余した老人たちを中心とした野次馬がいて良いはずです。しかし、不思議なことにその家には誰も本当に近寄ろうとはしなかったんです。  私は仕方なく近所の……いるでしょう? 話をしたがりな孤独な老人というものが……。そういう人に聞いたんですよ。  手土産に酒も、料理も、タバコも持って行ってね。最初こそ話すのを拒んでいたんだけれど、しだいに酔いが回ってきたのかポロッと言っていました。 「おそらぐ、まだ刳れだんだべ。近寄らねぇ方がいい」  聞き慣れない言葉に私は驚いて阿呆のように「刳れた?」と鸚鵡返しをしてしまったんです。ですが、老人はうんうんと深く頷きました。 「あそごはそんな(そだ)所だ」 「でも、アソコも、ここの村の一部ですよね?」」 「一部だがらこそだ」  そう言っていたんです。  だけれど、話をしてくれるのはそこまでで、彼はグッスリ寝てしまいました。  翌日、詳しく話を聞こうとしましたが、もうそれ以上話をしてくれることはありませんでした。それどころか 「これ以上、関わらない方がいい」と言うのです」  聞いていた宰さんは腕組みしてジッとS氏を見ている。 「同じ村だから話をしてくれないんだと思います。もし、他の人が聞いて非常識的なことだったり、村の大事な何かしらに関わるなら余計口は堅いと思います。それでも知りたいのでしたら、少し離れた村の人に聞いた方が良いですよ。自分のことは言わないけれど、他の人の話はするって人、いますよね? そうすれば、きっと教えてくれます」  そこまで言って宰さんは「出過ぎました」と慌てて口を閉じる。しかし、S氏はしっかり最後まで聞くと熱心に手帳に書き込んでいた。 「君は、こういった調べ事が得意なのかい?」 「彼は……」 「いいえ。なんとなく。そう思っただけです」  宰さんは民俗学専攻の大学生である。と、言おうとした私を遮って彼は、はっきりと言った。 「次はそういった線で調べてみようかな。いや、とても気になるんだよ。「また刳れる」という発言から複数回、起きていることは明白です。警察も来ていたのに新聞には載っていない。それと、コレなんだけれど……」  と、彼は手帳をペラペラと捲り、そこを私達に見せた。  ”暮路野上”  手帳には一枚の写真が挟まれている。  矢印で場所を示すように作られた簡素な板にはそう掘られていた。おそらく土地の名前だろう。 「件の家の少し離れた場所にあったんです。それがどうにも引っかかって……。方角的にも件の家の方向を指しています。「上」と書かれているのに、指した方向は湿地帯、土地も低い所でした」 「なんて読むんですか?」  私の問いかけにS氏は「分かりません。聞いても教えてくれませんでした」と首を横に振った。 「とにかく、Sさんはその女子中学生が先程の土地と関連してるって思っているんですね?」  宰さんは写真を見ながら言う。 「はい。もしかしたら、良い題材になるかもしれない」 「まだ、お調べになるつもりですか?」 「うん。少し取っ掛かりが出来たのだから、このチャンスは見過ごせません」 「もし、土地の読み方が分かったとしても現代に至るまでに何度も名前を変えてるかもしれません。複数人に聞いた方が良いかもしれませんね」  宰さんの助言を、S氏は再び手帳に書き込んだ。
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