贈り物

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 7 「宰さんも気になりますか?」  帰り際そう尋ねると、彼は首を横に振った。 「気にならないと言えば嘘になります。が、横取りしてまで調べたいとは思いません。それに、何度も言いますが「やめろ」と言われたことにわざわざ触れる程、やる気に満ち溢れてないので……」  宰さんはそこまで言うが、顔はとても真剣で思い詰めているようだった。 「土地が悪いというのは、なんとなく分かります」  仕事場に戻り、十月さんは夕飯の準備をしてくれながら言う。 「間違ってるかもしれません。けれど、話を聞く限りそこは三叉路です。風水的に言うと、路沖殺(ろちゅうさつ)に当てはまります」 「ろちゅうさつ?」 「風水です。その他にも、三叉路の突き当たりには鬼が溜まり易いと云われています。彼がこういったことに興味があり詳しいなら……だからこそ、調べたいと思っているのかもしれません。蛇公さんがコレは良くないと言ったのを証拠だと思っているんでしょうね」 「彼は鬼の仕業じゃないか、と思っている……?」 「馬鹿馬鹿しいと思うかもしれません」 「私は仮に怪談小説家です。バカになんて思いません。それどころか小説の題材にいいなと思うほどです」 「……でしたら」  と、宰さんは家事の手を止める。 「さっきの土地名はもしかしたら、上座、下座で命名されたのかもしれません。彼は何も言っていませんでしたが、三叉路に魔除けとして有り難い何かしらが置かれているはずです。もし、そういった類のモノが置かれているならば、俺の中では少し納得できます。……まぁ、見なければ何も分かりませんけれど」  宰さんはそう言って話をするのを止め、私のためにコーヒーを淹れてくれる。私もS氏について思考を巡らせ始めたので、当然ながらお互い無言になった。  暫く沈黙が部屋に流れ、なんだか気まずさを覚える。  宰さんは手慣れた手つきでコーヒー豆を挽き、お湯を適切に淹れ、正確に時間を計りカップに注いでくれる。  まるで喫茶店に居るような気分になるこの瞬間が好きだった。 「豆から挽いてくれるんだもの。それはもう十月さんの手作りだよね」  何か話題提供できないかと、淹れてくれたコーヒーを飲んで私がそう言うと、宰さんは飛び上がるように驚いた。と、思った途端におどおどし始めた。 「俺は……。あの、そういったつもりではなくて……。嫌でしたか?」  そこで初めてとても失礼な物言いをしてしまったと悟り、慌てて謝る。  手作りしてあげた物が結果が、無意識から来た呪詛になった。という話で頭を悩ませている時に出すような言葉ではなかった。 「違う、違う! 勘違いさせてごめんなさい。私だったらインスタントで済ませてしまうから、凄いなあって思っていたの。十月さんが作ってくれるコーヒーは美味しいのよ! もっと仕事を頑張ろうっていう気持ちにもならせてくれましたし!」  慌てて並べた言葉たちは焦れば焦るほど言い訳にしか聞こえない。それでも、宰さんは首をブンブンと横に振る。 「いえ、いいんです。気にしていないです! 俺の方が過敏でした!」  と、その時、私と宰さんのスマートフォンが鳴った。  タイミングに苦笑いする私をよそに、宰さんは相当傷ついてしまったらしい。青い顔をしたまま光ったままのスマートフォンを見つめていた。  申し訳ないと思いながら私は着信に出ることにする。  宰さんも自分の声が邪魔にならないようにと気を遣って廊下に出て行ってくれた。  編集からの電話でこれから忙しくなると直感し目眩を覚えた。  その直感というものは、厭だと思う程当たってくれる。  あまりの多忙具合に悲鳴と少しだけの歓喜を覚えれば、数ヶ月も経たず、S氏との話など忘れてしまっていた。しかし、その一年後、突然S氏から原稿が届いた。  以降はS氏が書いた原稿であり、読み易いようにいくつか加筆修正をさせて頂いている。
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