呪詛

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 2    問題の家は普通の一軒家である。  小学三年生になったばかりの娘、皮田美樹は可哀想に目を赤く腫らして、男二人に囲まれると、すぐさま母親の後ろに隠れてしまっていた。 「お話を聞かせてほしいンスよねえ」  子供相手は二三が強い。  若さというのもあるのだが、どうもその物腰の柔らかさに惹かれるのだろう。よく言えばフレンドリー、悪く言えばなめられやすい。  二三はまず皮田美樹が持っていたオモチャのキャラクターに興味を持ったふりをして世間話から情報を聞き出した。  以下は二三とやりとりをした皮田美樹の音声記録である。 「夜、おばあちゃんの部屋に背の高いハゲた人がね。座ってて……(啜り泣き。藤原による慰める声)うん、うん。ごめんなさい。おばあちゃんはよく私とみいちゃんを叩くの。頭の病気なんだって」  皮田美樹はそれだけ言うと、満足したのか、それとも怖くなってしまったのかそれ以上会話をしようとはしなかった。二三もそれで情報は十分に取れたと判断したため打ち切りとなる。  後日、話を聞こうとしたが彼女はやはり祖母からの虐待の話が中心であった。  二三が話を聞いている間、藤原は彼女の母である皮田順子から話を聞くこととした。 【音声記録】 皮田順子の音声のみを抽出 「はい。義父を亡くしてから義兄の家に同居していたんです。ですが、お義姉さんが妊娠している最中に……お義母さんは口が達者でして、どうしても体調を崩してしまうと家に……(物音。順子が小さく悲鳴を上げる声)……ごめんなさい。前の家もこういった物音があってすぐに引っ越してきたんですけど……、なんなんでしょうね。  刑事さん、刑事さんは幽霊を信じますか? 私は信じていませんでした。今は違いますけど。一年前からまた物音がするようになったんです。ちょうど娘が産まれてきたくらいからだと思います。  元々、私が見ていない間に娘に手を挙げる人でした。一緒にお風呂に入った時、分かったんです。  それで、カメラを回していたら案の定でした。最近では「赤ん坊が私を責める」とさらに行動はエスカレートしてて……。夫に言っても「ボケたから許してやれ」としか言ってくれず……。  はい。病院の先生には前から相談しています。  お若い先生ですが、親身になって私よりも怒ってくださいました。えっと、ここからだいぶ遠い総合病院です。結婚する前からお世話になっていたところで、お義姉さんもそこでお世話になってます……。  その先生が義母を診てくれると……。精神の問題かそれとも頭の問題かって仰っていました。はい、統合失調症だそうで……。アルツハイマーにしては記憶が安定しているそうなんです。  お義母さんが亡くなった時も私がいない時に針でお腹を刺したんです。前はそれを私のせいだと夫に言っていました。虐待を疑われ続けたので、頭に来てカメラを回したんです。……そうしたら……(嗚咽)ごめんなさい……。だって、あまりにも……恐ろしくて……正気の沙汰じゃありません」  それ以降、皮田順子からの話を聞くことは不可能であった。映像記録媒体を預かり後ほど分析に回すことにする。  そうしている間。子の夫・皮田朋樹から話を聞くことにする。皮田朋樹は非常に興奮しており会話記録ではいくつもの音割れが生じしている。 【音声記録】 皮田朋樹の音声のみを抽出 「信じられないですよ。自分の腹に針だなんて……。病気だからとはいえ「痛い」と言うのも判らなくなってしまうんでしょうか。娘への虐待? それは躾ですよ。私だってそうやって育ちました。悪いことをしたら叩かれる。当然じゃないですか。  今の若い親はダメです。暴れる子供をそのままにして自分はスマホでゲームしてる。私の家ではそんな甘えたことはしません。妻が甘いんですよ。それに、わざわざこれ見よがしに母の部屋にカメラなんか設置して……、しかも離婚だなんて言ってきて母はそれできっと参ってしまったんでしょう。あれは殺人者と変わりありませんよ。カメラを見たい? それはもう警察に渡しました。あぁ、弁護士もでしたね。  本当に腹が立つ。母は変わりなかったんですよ。兄貴の家でもきっとの除け者にされていたんでしょう。代わりに世話してあげてたのにヒステリックに虐待だなんて騒ぐから……」  それ以降、彼はさらに興奮し離婚への話題に替わった為、割愛する。  家を確認すると一階にはリビング、風呂トイレ、祖母の和室が存在し、夫婦の部屋と子供部屋は二階に存在していた。  問題の部屋は一階であり、中に入ると線香の匂いが鼻をついた。  一言で表すならば、物が多い。箪笥は二つ。一つは大きく、もう一つは小さな物で皮田順子から言わせると「裁縫箱」とのことらしい。 「刑事さん。刑事さんたちはやはり虐待を疑っているのでしょうか? それでしたらまず娘が通っていた病院にいって確認してみてください。病院の先生が娘たちの診断をしています」  藤原が何かを答えるよりも皮田順子がヒステリックにそう吐き捨てた。
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