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中でも、繭(まゆ)の肌は際立っていた。
まるで一流の画家が描いたような、赤と黄の見事なコントラスト。大自然の中から生まれた、ボディペイントアートの傑作だった。
繭は志保と同じ14歳で、小さいころからよく一緒に遊び、何かと張り合ってもきた。
禊の儀式では、毎年志保は繭の美しさの前に敗北感を味わってきた。
繭の肌には、紅葉の色彩のエッセンスを吸収する先天的な力が備わっているようだった。
「やっぱり、今年も繭の肌が一番きれい」
少女たちはそう囁きかわした。
「どうすれば、そんなきれいな色に染まるの?」
カエデやモミジの燃えるような赤は、繭が特別に選ばれて与えられたかのようだった。
「どうすればと言われても……、自然に染まるの」
それは自慢でも謙遜でもなく事実を述べているにすぎなかったが、志保は8割がた黄色でその端々が熾火のように赤くくすぶっている自分の肌を繭のそれと比べて情けなく思い、やる方のない妬ましさに襲われるのだった。
「方法がわからないのではしょうがない。でもいつか私も繭のように、見る人をあっと驚かせるくらいきれいに染まってみせる」
志保は、唇を赤くなるまでギュッと噛んだ。
その時、志保の周りの少女たちの間で「キャッ」という小さな悲鳴が上がった。
池の面を煌々と照らしていた月の光が弱まり、あたりが暗くなったのだ。
雲が月に掛ったのかと仰ぎ見ると、なんと満月が影に侵食され、欠けていた。
これは凶兆ではないかと恐れた少女たちが池から出ようとするのを、志保が制止した。
「待って、これは満月の時に起きる『食』という現象よ」
満月の「食」は少女たちも体験したことはあったが、今夜の月は尋常でない大きさで、それが食を起こすと、何か極めて稀なことが起きる予感に身の毛がよだつのだった。
「こんなに大きな月の食は私も初めてだけど、うちのおばあちゃんが子供のころに見たって言ってた。
月の女神はアルテミスって言って、狩猟の神でもある勇ましい女神なんだけど、決して邪悪なものではないのよ」
満月が光の欠乏に陥って赤黒い色になった時、その弱まった光が池の面を手探りするように差し込んだ。
そして少女たちの肌に触れると、池の面にさざ波が立ち、それに呼応して月の光もかすかに波打った。
少女たちは呪縛されたように立ちすくみ、月光が肌を撫でる感覚にうっとり心を集中した。
と見る間に月は息を吹き返し、丸く大きく膨れ上がって、沈んだ赤からオレンジ、黄色へと色を変えていった。
池の中の少女たちの間から、再び小さな叫び声が上がった。
彼女たちは揃って、繭の体に視線を凝らしていた。
その体は透明で、さっきまでの紅葉の色はかき消したようになくなっていた。
繭は失神し、そのまま自宅まで運ばれた。
翌朝になると、志保やそのほか紅葉色に染まった者たちの肌は透明になっていた。
それはいつものことなのでさして驚きはしなかったが、月の光が池の神から差し出された贈り物のように繭の肌の紅葉色を吸い取って行ったあの場面を思い出すと、胸がドキドキした。
繭の未来の幸福は約束されたようなものだと、志保は半ばうらやみつつ確信した。
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